心底あの人がムカついた。





04: 戸惑いと、温かくなった缶コーヒー





息切れがする。
教員室からダッシュで教室にもどって、ダッシュで学校の傍の大きめの公園に走った。
階段を駆け下って、靴もしっかりと履かずにとにかく無我夢中で走った。足が縺れてうまく速度は出なかったけれど、
それなりに元から足は速かったので苦にはならなかった。
煉瓦が敷いてある遊歩道にポツリポツリ街頭がまだ光を点けずに佇んでいて、これもまたポツポツと茶色いレトロな
ベンチが並んでいる。背後は木が生えていて、結構大きな公園だ。
普段は素通りで中にまで足を運ばなかったが、今日くらいは落ち着きたかった。



あんなことが、在ったのだから。



ベンチにでも座ってこの息切れをどうにかしようと足を進めると、自動販売機に目が行った。鞄から財布を出して、中を見ると、
まだ月初めだからかなかなか潤っている。確か、ここの自販機は全部110円で設定されているはずだし、1本くらい痛くないだろう。
110円を出して金を入れると、ボタンの部分が赤く光った。



目に留まるのは、ブラックコーヒー。


隣に並ぶのは、カフェオレ。


ブラックでしかコーヒーが飲めない自分。


砂糖とミルクを大量に入れてしか飲めない彼。


3年間で知った、ありとあらゆる彼のこと。


こみ上げるイライラをどうにか飲み干して、ブラックコーヒーのボタンを押した。ガコン、という盛大な音とともに下からコーヒーが出てきた。
透明な蓋をあけて、中から取り出す。



……冷たい。



ふと、もう一度赤くなくなったボタンを見ると、その上に「COLD」と書いてあった。
暖かいコーヒーが飲みたかったが仕方が無い。ひとつ溜息をついて、冷たすぎるコーヒーをセーターの裾を延ばして持つ。
そのままベンチへ歩いていって、ドスン、と腰掛けた。




あぁ、どうしてあの人は。
いきなりあんな事をしたんだろう。
自分の気持ちに気づいていて、だからやっていたら質が悪いけれど、あの様子から言ってそれはない、とか思いたい。
まだ心臓が異常なほど脈打っている。

それは、ここまで必死に走ってきたからではなくて、多分。


多分、思いがけずに触れた彼の暖かさのせいだと、思う。


目を閉じると、なんだか身体が熱くなって、頬に熱が溜まってきた。隠そうとして、コーヒーを頬に当てる。いやに冷たくて、
わかってはいても一瞬身震いがした。



「トシ?」
「!!」



耳慣れた声がして、ふと顔をあげると嬉しそうな顔をして近藤さんが近づいてくる。見知った幼馴染の顔をみて、
ぐるぐる廻っていたどうしようもない思考回路が落ち着いた。
相手は、荷物を地面に放り出して隣に座ってくる。鞄はいやに重そうで、多分参考書とかが沢山入っているのだろう。
だってこの人進学も卒業も危ういし。
そういやあのアホも嘆いていたなぁ。生徒会長なのに勉強だけは全く駄目なんてなんて奴、とかなんとか。



……本当にあいつアホだ。
あんな事をしなければ、してくれなければ俺だって平穏に暮せたのに。
アイツのせいにしても仕方が無いけれど、でも。




でも。あいつのせいにしか出来ないのは、俺自身が弱いから。



「悩み事か〜?」
「そんなトコだ」
「桃色な悩み事か?」
「……桃色ってほどピンクじゃないけど、まあそんなトコ」
「………まじでか」



そりゃ驚くだろうよ。ああ、そんなに目を見開いたら目、落ちちゃうぞ。まぁ、仕方ないけど。3年間、浮ついた話がひとつも無くて
恋愛相談も人生相談も、乗っていた方の人間だし。
ほら、目の前のこの人。恋多き人間だからな。
う〜ん、と小首を傾げて考えている学校の生徒の最高権力者を見やる。今彼は、同学年にいる少女に夢中だ。それはもう、
ストーカーとよばれるくらいには。何回、親友止めようとおもったか……。


「…………お妙さんか!!!」
「ちげぇよ!!!」


そうしてこの展開で志村にいくんだよ!!
俺はあんな暴力女は興味ありません!!……この人と、本人の前では口が裂けてもいえねぇけど。


「冗談だって。……好きなんだろ?」
「……多分。きっと。ぜってぇ」
「どれだ」
「絶対」
「あちらサンから何か行動があって、戸惑ってます。みたいな?」


……どうして分かるんですか。幼馴染だからですか。だてに18年一緒にいないよね。


「だって今のお前、俺がアタックした時の女の子の態度そっくり」


……あ、なるほど。でも、アタックって死語だよ、近藤さん。


「トシは、その子のこと、好きなんだろ?」
「そうですね」
「でも、あっちがどう思っているかわからない」
「そうですね」
「……俺はお昼のあの人か。そしてお前は観客か。まあいいや。……だから冷たいコーヒー温かくなるまで握り締めてる」
「!!」


プルタブをあけないまま握り締めたコーヒーの温度を感じて、はっとした。持っていたコーヒーはもう全然冷たくなくて、
むしろもう、ぬるくなってしまっている。
そんなに時間がたっているのかと、腕時計を確認すると30分くらい。


「だから、ほっぺが赤いんだろ」
「!!」


身体はめちゃくちゃ熱いですね。
だからこんな短時間でぬるくなるわけね。納得、納得。



「その人が、大好きですか?土方君」



「……」



「大好きですか?」

 

そう、問うてきた彼の瞳はいつも以上に優しくて、なんだか涙腺が弱まった。
男である自分が、そうやすやすと泣くわけにはいかないのだけれど、なんだかこみ上げてくるものが多すぎて、目を隠すようにコーヒーを
両手で持って、目元に押し付けた。
少しの熱を持った缶コーヒーが、じんわりと伝わってきて、それが人肌みたいで安心した。

 

「大好きです」

 

ポンポン、と頭を撫でられて、ドバドバ涙があふれてきた。

 

そうなんだ。

 

大好きなんだよ。

大好きだから、あんな行動をしたアイツが憎くて憎くて、すげぇムカついて。それでも、大好きだから、嬉しくて。愛しくて。

今まで知らなかった感情が、たった一日でこんなに増えたことに戸惑って。
突き放して、自分の愚かさが悔しくて。

 

戸惑いと、温かくなった缶コーヒー。
そして、大事な親友に、これからの俺を示してもらった気がした。

 

 

 

 

 

なあ、せんせい。

 

 

 

大好きです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

END

いきなりの展開でごめんなさい。そして近藤さん偽者でごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

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