手を、握って。





03: ただ、君と居たいと




真面目に仕事をこなしている姿とか、剣道やっているのに余分な肉刺の無い白い手とか、3年前から変わらない艶やかな黒髪とか、
考え出したらきりが無い彼の頭を撫でて逃げるように生徒会室を後にした。
急ぎ早に教員室へ戻ると、最終下校間近なのか部活が山場なのか人っ子一人居ない。
だれかが飲もうとしていたのか、コーヒーメイカーがコポコポ音を鳴らしている。
座りなれた自分の席に座るとギィギィ椅子が軋んだ。中途半端に丸だけつけた採点の続きでもしようともって帰ってきたファイルを
開けると、あるはずのテスト用紙と模範解答がない。


「…………あり?」


待て、待て。


彼を見ながら不真面目に仕事をしていて、それから無性に彼が可愛くなって触っちゃって、そしたら凄い恥ずかしくなって
手元のファイル持って逃げて……。手元のファイル。


だけ?


馬鹿じゃん、俺。
折角、素晴らしく無表情な早足であの場から逃げてきたって言うのにあの場に仕事を置き忘れてくるなんて……。
しんじらんねぇー……。好きな子の前でこんなになるなんて俺もまだまだ青いよね。
あぁ、どうしよう。今更あそこには戻れない。あの仕事の量ならあと少しで彼はここに来るだろうけれど。
香ばしい香りが漂ってきて、その元に目線を向けると出来上がったコーヒーがコーヒーメイカーの中になみなみに作られている。
何人分有るんだ、と疑問を持つくらいたっぷりで、仕方が無いから自分を落ち着けるためにも1杯分拝借した。
砂糖をふんだんに入れて、ミルクもドバっといれて、ぐるぐるかき回しすこし味見。うん、甘い。
自分のデスクに戻ってほっと一息。
暖かいコーヒーに触れたせいか、盛大な溜息が零れ落ちた。



途端、ドアからノックの音とドアノブを捻る鈍い音がしてそちらに視線を泳がせた。
立っていたのは黒髪のあの子。
思わず、眼鏡越しに少し目を見開いた。




あぁ、どうしよう。

我慢、出来なかったらごめんね。



「先生、プリント。あと答案と答え」
「わりぃな〜先生おいてっちゃってよー」
「教師が答案おいてくなよ。プライバシー訴えられるぞ」


ニヤニヤ口元を歪めて手元に答案とプリントの束を受け取る。


「多串君、コーヒー飲む?頑張った君にご褒美デス」
「いや、ありがてぇけど帰る。最終下校あと10分くらいなんで。昇降口閉まると面倒なんだよ」


失敗。

ポリポリ頭を掻いて申し訳なさそうにする君がとても可愛くて、からかい半分の為に作った顔が苦笑いに変わった。指定の
セーターをダボダボと着崩して全体的に大きめな制服が線の細い身体を強調させていて、おもわず喉がなる。







イケナイ。






警報は頭の中にガンガン大音量で鳴り響いている。






決めた、はずだったのだ。
この思いは消すのだと。この想いを決して彼に悟られないようにすると。
あぁ、でも多分。





「……先生?」






ごめんね、止まらない。







手を握ると、暖かくて彼の身体が強張ったのがよくわかった。細いからだの、やっぱり細い腕をおもいきり引き寄せて、がっしり抱き
締めた身体はとても温かかった。息を呑んで、強張る体が愛しかった。顔が熱くて、彼の肩に埋めた額にうっすら汗も滲んでいる。

余裕は、ない。

駄目だ、駄目だと脳みそは悲鳴を上げ続けているけれどこの抱き留めた温もりを離すことは出来なかった。
途端、彼が暴れだしてドン!という盛大な音と共に温もりが離れて、自分自身がよろめいたのが分かった。
突き飛ばされたのだと、当たり前だと、嘲笑う自分の思考について行けない。



それでも、



銀に染め上げた髪の毛を、ぐしゃりと掻き回して、歪んだ笑みを浮かべて、



「……ごめんね」




そう呟くことぐらいは、出来るようだ。 呟いて、彼の顔を見ると驚愕とか焦りとかなんだか色々な感情が交錯しているようで見るのも耐えられないくらいの何だか居た 堪れない表情をしていた。



「ごめんね」



もう一度、そう呟くと、彼は怒ったような悲しいようなそんな表情で教員室から走って出て行く。





あ〜、ついにやっちゃった。
どっと押し寄せる後悔と、止んだ警報。
ただ、君と居たいと望んでいたのだけれどそれも叶うことはないのだろうか。思いのはけ口さえも見つからないまま、
我慢して我慢して、一気に暴走したら意味ないじゃないか。



「……ハハ」



乾いた笑い声がくつくつと零れ落ちる。










ただ、君といたいと。
望んでいただけだったのだけど。















END

いきなりですね…。










SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送