雨の臭いと、音と、感触は、昔から大嫌いだ。

 

 

 

 

03:今、この瞬間だけでも

 

 

 

いきなり振り出したバケツをひっくり返したような大雨から逃れ、橋の下の暗がりへ身を潜めた。
折角、太陽に触れていた着流しや銀色の髪も、雨に濡れてびっしょりと気持ちの悪い感触をしていた。
うえ〜、と想いながらパンパン出来る限り服をはたくと少量水が落ちたが、染み込んだ雨は一向に乾く気配は無かった。
もうすぐ春になるというのにも関わらず、雨が降り出してからの気温は晴れから一転して急激に下がっている。
思わず身震いがした。
橋の影から空を見ると、暗雲がまんべんなく広がっている。草が生えている地面に腰を下ろして身体を丸める。いわゆる体操座りをして顔を埋めた。
この橋から家までは結構な距離があって、走ってまで帰ろうという気も起きなかった。子供達だって、ちゃんと留守番をしているだろう。


それに。


それに、そんな気分でもなかった。


雨のツンとした臭いや降り注ぐ音、服にしみこんでずっしりとする感触は昔の記憶を引き出してくる。
仲間を失い、助けられない日はいつも暗雲だった。泣きたい気持ちや病んでくる意識を代弁しているかのような雨と風。
戦争が終わっても、平和な世の中になっても、いつまでも見続ける悪夢の中はいつも雨。
忘れたくても忘れられない。忘れてはいけない俺の過ち。ソレを象徴する俺を蝕む雨の悪夢。
一面に広がる自分自身が殺したものたちと助けられなかった仲間達の死体。
降り続く雨と広がる灰色の雲。生きているものは自分ただ一人。
ショート寸前の脳内に微かに水を弾く物音がする。誰かが自分と同じように雨宿りにでも来たのだろうが、今は関係もない。
水を叩く音が止まり、この空間に人が入ってきたのが分かる。草を踏み潰す足音がこちらへ向かってくるのに気がついて、埋めていた顔を上げた。
ふと、目を見開いた。
目の前に不機嫌そうに佇んでいるのは、最近お知り合いになった真撰組とかいう組織の副長殿で。
んでもって、俺の想い人。

 
「多串くん」
「……土方だ!!」

 
パコン、と雨に濡れてもうすべて吸えなくなっている煙草の箱を丸々投げつけてきた。
そうそう。土方君ね。知ってるよ、当たり前でしょう?眉間に皺を寄せて睨んでくるけど、今の俺にはまったく余裕はないのだよ。ごめんね。
いつもの俺なら、君に会うのは本当に嬉しいのだけどね。
すぐに視線をそらしてまた顔を埋めると、ふう、と一回溜息が漏れて足音と気配が更に近づいてきた。
ザアザアと煩い騒音の中でふわりと暖かい気配と臭いが隣に落ちてきた。
咄嗟に息を詰めて驚いて隣を見ると、強面の彼が隣にふてぶてしく座っている。
不思議そうに彼の整った顔を見つめた。

 
「お前が」

 
ふと、彼が言葉を紡ぐと無意識のうちに息を張り詰めて、彼を見てしまっていた。

 

 
「お前がどんな過去を持っていようが、どんな境遇に会っていようが、何をしていようが、俺には関係ない」

 
「だけど。忘れたくても忘れらんねぇ過去なら無理に忘れる必要も、考える必要もねえんじゃねぇか」

 
「ソレ全部で、今のお前造ってんだから」

 
「後悔とか、懺悔とか。振り返って泥沼にはまって、ココでアホ面してる暇があんなら前向いていつも歩けよ」

 
「死んだ奴は戻ってこない。それなら生きている自分と、傍にいる仲間見てやれよ」

 
「一緒に、歩いてくれるだろ。その為にいつも一緒にいるんだろ」

 
「でも」

 
「それでも、たまに過去を振り返っちまったら」

 
「そんときゃ、我慢しねぇで泣いてもいいんじゃねぇか?」

 

 

 

 

あぁ。どうしてコイツは見たことも無い顔でこんな優しそうに笑うんだよ。なんでこんなに優しく撫でるんだよ。

なんで。

なんで、欲しかった言葉も、温もりも、一瞬で溢れるほどくれるんだよ。

ああ、本当に君は想ったとおり優しくて、強くて。こんなにも暖かくなるんだ。俺は本当に君が大好きだ。
ポタポタと目から水分をだすと、わしゃわしゃと髪を撫でて、ポケットからハンカチを出して、手の代わりに頭にパサ、と乗せて来た。
暖かい手が離れてゆく。
ふいに寂しい気持ちが増していった。

 
「さあて。おい、万事屋。通り雨止んだんだしさっさとガキ共の所に帰ってやれ。心配してたぞ」

 
ハンカチで押さえた顔を上げると、いつもみたいに不敵に笑っているあいつがいる。
『ガキ共』って事は、あいつらにはしっかり俺の心境はバレてたわけね。侮れないね、子供は。

 
「ねえ、多串くん」
「だから、俺は土方だっつの」

 

 

 本当に、俺はあんたが好きだ。

 

 

「あ?」
「なんでもな〜い」

 

 

 

 

 

 

まだ、この言葉はあんたには言わないけど。
今、この瞬間だけでもいいから。

 

あんたの事を、思わせて。
あんたがいれば、きっと俺は前を向いて歩いていけるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

END
トシは銀さんの心境をなんとなーくみぬいてるのですよ。(言い訳)(うわ)

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