拝啓、坂田銀時様
お元気ですか?



六 月 の 花 嫁 ( 12 )




夏に入り、トシがこの世を去ってから暫らくがたった。周囲の人間にそのことを告げると、そうか、と優しい
笑顔で頷かれた。神楽も、真撰組も新八も、何か吹っ切れたような顔をするようになったのは、きっとたっ
た一ヶ月のあの奇跡のような出来事のおかげだろう。
俺はというと、壊れた体が順調に回復の兆しを見せていて引き裂かれるように痛かった心が治っている
ことをなんとなく実感した。
今は盆で、江戸のはずれのトシの墓に皆で墓参りを済ませたところだった。

「銀時」
「あ?」

帰ろうか、と神楽と新八と歩き出そうとすると、いきなり近藤に呼び止められた。
何か、と問うと着物の裾から何かをごそごそと出している。

「コレ、トシからの手紙な」

ああ、手紙。
トシからの、ね。………トシから?!

「―――っ?」
「トシが、本格的に入院するちょっと前に渡されてな。1年後の雨の季節が終わったら渡してくれって言
われていたんだ。わけも分からずそん時は持っていたけど、今ならなんとなく意味は分かるな」
「トシが全部分かっていたって?まさか!」
「案外、アイツのことだからそうかもしれないぞ?確かに、渡したからな。じゃあまたなー」
「おーサンキュ」

トシからの手紙を眺めながら歩き出す。
神楽と新八は俺を待たずに早々と帰ってしまったようだ。
薄情物だな、と思いつつ手紙の中身が気になったので、スクーターを日陰留めて、近くの川の土手に降
りる。芝生が生えているところに座って、手紙の封を切る。
入っていたのはノートを何ページか切ったもので、懐かしいトシの字に胸がきゅっと詰まった。








拝啓、坂田銀時さま。

お元気ですか?
身体は大丈夫ですか?
今週末に本格的に入院することになったのでまだ自由なうちに手紙を書いておくことにしました。
今、お前は久しぶりに依頼が入ったと新八と出掛けています。あと数時間で帰ってくるのでしょうね。神
楽も一緒に行ったから、無茶をしていないか心配です。
コレを書き上げたら夕飯の買い物をして、近藤さんに手紙を託そうと思います。
1年後、雨の季節が終わったらお前に渡してくれ、って言い添えて。

そのとき、1年後の雨の季節に俺は居ないから。
そして、今お前が手紙を読んでいる日にはもう、俺の幽霊は、天国に帰っていったでしょうか?
驚いた?
これから、俺が書き記すことは、俺がお前に出会う前から誰にも言えなかった俺の秘密です。
きっと、お前はとっても驚いてしまうかもしれないけれど、コレは俺の身に起こった真実です。
いい?ちゃんと読んでくださいね。

始まりは、だいぶ前。
真撰組が立ち上がり、軌道に乗り始めた頃でした。そのときは、また刀が握れたことが嬉しくて、たとえ
幕府の狗に成り下がってでも、近藤さんの役に立てるのが嬉しくて、毎日が充実していました。
その頃はまだ、お前とは出会っていなくて、きっと江戸で擦れ違ってもお互い気がついていなかったんじ
ゃないかな、と思います。
淡々と、けれど軽快に進む日常。
やがて、俺にとっての「運命の日」がやってきました。
それは、六月の雨の日。
俺は、大規模なテロがあると聞き、厳戒態勢で警備をしていました。打ち付ける雨は時間が経つほどに
一層激しくなっていて、警備にも梃子摺っていました。
ふと、油断をした隙でした。
大きな爆発が起こりました。雨だから火薬なんて使ってこないだろうという油断が、奇襲を招いたのです。
俺の身体は壁に打ちつられ、床に突っ伏しました。
けれど、そんなにも大した怪我ではなく、外傷も見当たらない。
すぐに援護に向かおうと思い、立ち上がって数歩歩いたところで、俺は意識を失いました。

そして、目が覚めると俺は空き地のような森の中、雨に打たれてぼーっと立っていました。

もう、分かった?
これが、俺がお前に何年も隠し続けた事実です。
貴方に会う前の俺は、自分が死んだあとの世界に飛んだんだ。
何故飛んだかは、依然と分からないままだけど、きっといつまでたっても出会おうとしない俺たちにお前
がいっつも言っていた「運命」とやらが、介入してきたんだろうな。
記憶が無くなっていたのも、爆発のショックと「運命」に違いない、そう俺はずっと思っています。
元の世界に戻ったとき、俺はやっぱり記憶をなくしていました。
白い病室、包帯、不安そうな顔。
それでも、何かに違和感を覚えたのは、きっとお前が居なかったからだ。
完全に記憶を取り戻したのは、二ヵ月後のことでした。

ふと、思い返せば。
洗い物の溜まった洗面所に、食べたら食べっぱなしの台所。女の子が住んでいるとは思えないほどの
家の汚さに、不安を覚えます。
でも、お前達なら大丈夫。
俺が居なくても、どんなときでも協力して乗り越えていける。
そう、信じています。
お前達と過ごした6週間はあっという間に過ぎていきました。
俺は、とっても幸せだった。
お前に恋をして。愛し合って、可愛い娘もいて。
記憶が無いなんて嘘みたいに、不安になんてならなかった。それくらい、充実していたんだ。
そして、俺が知ってしまった事実。
俺は、20代半ばにして死んでしまうということ。
記憶が徐々に戻ってきたときに、愕然としました。
だって、俺はそのときお前に出会ってもいない。この記憶は、俺が作り出した夢なんじゃないか。そう思
うときもありました。
でも、ゆめ?
俺が好きになった、俺たちが愛し合ったあの時間はゆめだった?
本当に夢だった?
信じられない現実に、不安になりながら生きていました。だって、一向にお前は姿を現さなかったんだ。
ふと、思いました。
このままお前に出会わなければ、俺は死ぬこともないのかな。
ずっと、親友の隣で刀を握っていられるのかもしれない。
そう思ったけれど、でも、そしたら。
お前の隣には違う誰かが立っているの?
違う誰かに指輪を贈るの?
それは、俺が望んだ人生だった?
その疑問も想いも抱きながら、ようやくお前に出会いました。
出逢った時にはもう、どうでも良くなった。
逢いたくて逢いたくて仕方なかった自分が居たことを、その瞬間に悟ったんだ。
俺は知っていたのにな。
お前達と過ごした6週間の重いでも胸に抱きながら、違う人生なんて送れないって。
だから、俺はお前と出逢って、恋をしたんだ。

もっと生きたいと、思う気持ちもあります。
身体を変えようとして、漢方薬も飲んでみたこともありました。
自分がもうすぐ死んでしまうということを考えて、怖くてどうしようもないときがあります。
神楽が、お嫁に行くまで一緒に居たかったな。
貴方と、生涯をまっとうしたかった。
でも、貴方との幸せな日々を思い出に、微笑みながら去っていこう。
これが、俺の選んだ最良の人生です。

もうすぐ、貴方達が帰ってきます。その前に夕飯の買出しにいかなくちゃいけないな。
もう、俺がお前たちにご飯を作ってあげられるのもあと僅かになります。
もっと美味しいものを食べさせてあげたかったな。
でもごめんね。もう、出来そうに無いな。

さあ、これで終わりにします。
お前への想いなんて、書ききれたものじゃなかったな。
ねえ、幸せに出来なかったなんて思わないで欲しい。
俺は、信じられないくらい幸せだった。隣にいれるだけでよかった。
前を向いて、生きてください。
俺は一足先に、向こうで待っているから。
いつかまたソコで逢いましょう。俺の隣は、しっかり空けておくから。

ただ、俺がお前に伝えたかったのは。
ただ、愛しているということ。
それだけだから。
それだけ、いつでも忘れないで。ずっと、覚えていて。

くれぐれも、身体には気をつけて。神楽も新八も、みんなよろしくな。
本当にありがとう。

愛してる。
心から。
さようなら。

    
                                           土方十四郎






ポタ、ポタ。
手紙に落ちて、字が滲む。我に返って手紙を閉じた。
涙が溢れて止まらないんだ。
嗚咽が、零れる。
声にならないほどの叫びが、切れ切れに口から外にでる。

ああ、こんなにも。

こんなにも愛されていたんだ。
こんなにも愛してくれたのか。


大丈夫、俺は生きてる。
最近は家事も分担してしっかりやっているし、ちゃんと仕事にも行ってる。
君が与えてくれたこと。
教えてくれたこと。
胸に閉まって、生きているよ。



ねえトシ。
愛してるよ。心から。
だから、暫らくさようなら。
暫らく経ったらそっちに行くから。老けてても俺だって分かってね。
君に会いに行ったら。
そしたらまた、君の隣は俺に頂戴。
俺の隣も、君のために空けておくから。


見上げた空は、青い。
流れる雲はキレイ。
この空は、君のところまで繋がってる?




「愛してるよ、トシ」




ずっと、ずっと。愛してる。








END
終了!あんまり切なくできなかったですが。銀さんはまっとうな人間になれたようです。
長らくお付き合いくださりありがとうございました!
拍手をくれたかたがた、本当に励みになりました。見てくださった方々、ありがとう御座いました。
トシ視点の番外編も書きたいな、と思っていますが…。反響によりけり?
それでは、このへんで!

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