さよなら、愛しい人。



六 月 の 花 嫁 ( 11 )




「早くしねえと置いてくぞ〜」
「待つアルよ!銀ちゃんせっかち。だからモテないアル!トシちゃん、あたし可愛い?」
「宇宙一な。ほら、着付け終わったから、さっさと行くぞ。モテないクンが待ってるから」
「モテないは余計だ、コノヤロー」

風にゆられて祭り特有の音が聞こえてくる。しっとり汗をかき始める暑さに眉をしかめる。けれどどこか弾
む気配が感じられるのはきっとこれから始まる祭りのせいだ。ジメジメと暑さを増してきた今日は、夕方か
ら七夕の夜祭だ。外は赤みが射してきて、これからがお祭りの本番になるだろう。
神楽は、せっかくの祭りということで妙から借りた浴衣をトシに着付けてもらっていた。淡いピンク色の花柄
が可愛い浴衣は少女らしく似合っている。
一方トシは深緑のシンプルな浴衣で、渋い感じの色がとても似合っていた。そして俺は藍色。普段着ない
色に珍しい感触がしたけれど、似合うといわれたのでその好意に甘えることにした。

結局、神楽には梅雨明けのことが言えなかった。
何度も、言おうとしたけれど。
今を精一杯楽しんでいる彼女には何もいえなかった。
明るく、いつでも楽しそうにしている彼女に、伝えようとする前に言葉が途切れてしまうのだ。
その一方で真撰組や新八は、ニュースから感づいているようだった。
何か、悟ったような。今を大事にするような瞳の色をするようになった。この色はトシが戻ってきた当初に
芽生え始めたものだったけれど、最近はそれが濃くなっているように思える。

カラン、コロンと下駄が鳴る。
他愛もない話をしながら祭りの場所まで行くと、真撰組の連中や妙などがもうすでに居て楽しんでいるよう
だった。妙を見つけると、神楽が「行ってくるネ」と手を振って駆け出そうとする。

「神楽」
「?」

トシが、神楽の頭を掴んでくるっと向き合わせた。そのまま頭を撫でる。
その行為に、驚いて神楽が目を見張った。けれども気持ちよさそうに目を伏せて、されるままになる。

「浴衣、似合ってるぜ。楽しんでおいで」
「トシちゃんも宇宙一よ!」
「アリガトな。……なあ、神楽。あの……」
「トシちゃん」
「ん?」
「トシちゃんのご飯美味しかったアル。トシちゃんの傍は暖かかったネ」
「かぐ……」
「  イッテラッシャイ  」

満面に笑って、駆け出す後姿。
目を見張るトシの目に涙が浮かぶ。それを隠すように俯いた頭を、神楽に彼がしたように優しく撫でる。
一本取られたね、と笑って声を掛けると、うん、と頷いて返された。
子供だとばかり思っていた。けれど意外と洞察力も、理解力もある少女。
心配なんて、遠慮なんてしなくても神楽は全部分かっていたのに。俺たちは『子供だから』と彼女を見くび
りすぎていたのだ。
それは彼女にとって、大変失礼なことだったに違いない。だけどそれを含めて飲み込んで、神楽は「行っ
てらっしゃい」といったのだ。その一言に詰まっている色々な想いを、すべて汲み取って。だからこそ、トシ
は涙を浮かべる。決して零さない様にと食いしばりながら。
顔を上げたトシにもう一度笑って、今度は手を取って屋台へ歩き出す。
屋台は賑やかに鳴り始め、お囃子の音大きくなる。赤かった空は黒が侵食し始めて、星が光を灯した。


タイムリミットは、もうすぐそこ。
そんな予感が、胸にうずまいていた。
だからこそ、俺は怖がらずに受け入れなければならない。彼が居なくなるという事実を、しっかりと。
俺が伝えなくちゃいけないこと、聞かなければいけないこと。
それから、君のために、俺のために、君に渡さなければいけないもの。

すそに忍ばせた小さな「ソレ」は、俺と君との約束のはずだから。







「トシ、ここ。こっち!」
「なんだ、ココ」
「花火を見るのにベストポジション。はい、カキ氷レモン味ね」
「サンキュ」

屋台が立ち並ぶ場所から少し離れた、木々が茂るその場所にカキ氷を肴にトシを案内した。ココは人気も
無く、木が円を描くように茂っていて、俺たちが今たっている場所は空き地のように広く整備されている。
木に囲まれた空間に、上を見ると満天の夜空。天の川もバッチリ見えて恋人同士にはうってつけ。あと数
分で花火も始まって、ここは最適の場所になる。

「さて、と。トシ〜ちょっとこっち来て」
「もう、花火始まるぞ?」
「うん。でもその前に、ね」

トシが生きていたころもここで2人で花火を見たことがある。
そのときは、2人きりになりたくて無我夢中で場所を探していたのだけれど、ココについたときのトシは、コ
コを知っている風だったと思い出す。
初めてココに来たのは、まだ夏も始まっていない六月。
頑張ってバイトして、死に物狂いで貯めた金で指輪を買った。
トシにプロポーズをした場所。
円形の中心に立って向かい合う。辺りはまっくらで月と星の灯りだけが頼り。
ふいに、真上でひゅーという音がして、大輪の花が舞った。
上を見上げると大きな花火が次々と咲いく。灯りが増えて、俺とトシの頬を照らす。
そっと、裾に忍ばせた昔トシに贈った指輪を取り出して見えない様に掌に仕舞う。
左手を取って、ぎゅっと握る。

「花火、始まっちゃった」
「キレイだな」
「あの、さ」
「うん?」
「好きだよ」
「何、いきなり」
「好き好き好き好きす……」
「だぁぁあ!!恥ずかしい!!」


「結婚してください」


真顔で言って、真摯に見つめて。
もう六月じゃないけれど、でも1回目は六月だったから多めに見て、六月の花嫁を狙ってみる。
六月の花嫁は幸せになれるから。
君が向こうに行っても幸せでいれるように。
俺が、君を守れるように。

「君が居たって証を、君が俺のものだって証を、俺に頂戴」

目を見開いて、満面に笑って頷いてくれた。
すっとはめた指輪はぴったりで、指のサイズが変わっていなくって良かったと内心ほっとした。
バックには花火。
光るトシの顔は、最高に綺麗だったから、アイシテル、って口付けた。
次の花火の打ち上げに戸惑っているのか、花火が終わって辺りが静まり返った。

「銀」
「ん?」
「ありがとうな」
「?」
「お別れ、みたいだ」

いつものように笑って、何事も無いかのように言うから、分からなかった。握っていなかった右手の先が透
けていて、森が見えた。
心臓が急にドキドキして、呼吸がしにくくなった。

「い、痛い?」
「痛くはねえな。ただ、冷たい」
「寒い?」
「大丈夫」

右手の掌も握って、先ほどから握ったままだった左手と一緒に両手で握り締めた。
平気そうな顔なのに、指先は震えている。
怖いのは、俺だけじゃない。
強く、強くなるって決めたのだ。

「お前が倒れたときに、幸せに出来なくってゴメンって言ってたな」
「言ってた?」
「倒れる直前だったから」

合わせた手と手にコツンと額を乗せてくる。ふと気がつくと、もう右手の肘まで消えてしまっている。
トシの無い手の感触を在るもののように感じて、さらにぎゅっと力を込めた。
それでも、繋いだこの感触はひどく頼りないものだった。

「俺は、十分幸せだった。お前の隣に居られるだけで、本当に幸せだった」
「―――っ」
「幸せだったよ。お前に、幸せにしてもらったんだ」


俺は、お前を幸せに出来たかな?


そう、聞いてくる君に、俺まで涙が溢れそうだった。
手に当てていた額を離して、合わされた瞳に涙が浮かんでいる。
零さない様に、でも笑っているようにと歪む表情が愛しかった。右腕も消えて、肩も消えかかっている。

「当たり前。俺はお前に沢山のものを貰った。お前が居なくなって、ただ生きていた俺にお前はまた色々
なものをくれたんだよ。俺の時間を動かしてもらったんだ」
「そう?」
「そうだよ。だから、安心して」
「ちゃんと、生きられる?」
「生きるよ。笑って、泣いて、怒って。俺なりに、精一杯」
「よかった」

ふわり、と笑って。笑った瞬間にトシの頬に涙が伝った。
もうあやふやになり始めている体の感触を懸命に伝えようとして、必死に力を込めてくる。


「出来るなら、ずっと隣に居たかった」

流れる涙も、透明。

「うん」

もう、右半身が消えていく。

「好きだ。アイシテル。銀が大好き」

見えるのは、森。

「俺もトシのこと大好きだよ。愛してる」

ふわり、微笑む。半分だけの微笑み。
最期のキスを、そっと送って。左目の流れる涙を舐めたらしょっぱくて、生きている実感をした。




「ありがとう、いつかまた」




風が大きく一陣吹いて、さぁぁっとトシの身体が消えていった。
病室で亡くなるときも笑顔を浮かべていた君は、やっぱり笑顔だった。
繋いでいた手が力を無くしてだらり、とたれる。


「指輪、持っていってくれたの?」

トシが、身に着けていたものすべて、跡形も無く消えてしまった。
涙が、溢れて止まらない。
拭っても拭いきれない涙。
いつの間にか終わった花火と、夜空に輝く天の川。


「さよなら、トシ」







「愛してる」











世界中でただ一人、俺が愛した愛しい人。
さよなら、元気で。
またいつかどこかで会いましょう。

そのときは、また、恋人同士で。







NEXT TO LAST EPISODE.


本編は次で終了になります。
もう少し、お付き合いくださいませ!


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