なんでもない事が、最高の幸せ。


六 月 の 花 嫁 ( 10 )





なんやかんやとトシが戻ってきてもう7月に入ってしまった。その間の俺たちの変化は怒涛のようなもの
で、隠し事がなくなった俺たちとその周囲はすっきりした感じだった。元に戻ったよ、と言ったとき神楽や
新八はやけにほっとした表情になり、近藤などには良かったなと肩を叩かれた。
カレンダーを1枚めくった時、トシが来てからもう5週間になっているのが分かった。一般的な梅雨明けは
6週間。だんだんとジメジメした空気が熱を帯び始め、夏を迎える準備をする。
夕焼けが空を真っ赤に染めている。
俺はさっきまで仕事へ行っていたため、スクーターに乗っていた。トシは子供たちと一緒に家のことでも
やっているのだろうと頭を巡らす。
何かを感じ取っているのか、トシは神楽や新八に家事を徹底的に教え始め、俺にはさっさと生活費をか
せいでこい!とせかせかと働くようになった。けれど明るく働く彼のふいに見せる悲しげな表情が気にな
って手をとると、大丈夫だと握り返してくれる。
終わりを感じ取っている俺たちは、それでも暖かな関係になれた。

「ん?」

のろのろと走らせていたスクーターの先に意中の人物を発見する。
背筋をピンと伸ばしているものの両手の荷物が重そうで、やっぱり細いなあと思ってしまう。
ゆっくりのスピードをさらに落としてトシに近づいた。

「夕飯はなんですか、奥さん」
「中華風サラダと素麺ですよ、旦那さん」

背後から声を掛けたのにさらっと答えを返されて、さらに荷物をスクーターに押し付けられた。スクーター
から降りて、荷物を収めて一緒に歩く。
お疲れ様、などねぎらいの言葉を掛けられてなんだか心が暖かくなった。
7月ともなればむわっとした空気が吹いていて、じっとりと汗をかいた。これからもっと暑くなるんだろうな
と考えていると、視線の先に懐かしいものを発見した。

「あ」
「なに」
「カキ氷じゃん。早いなー!食って帰ろう!痛むものある?」
「野菜あるけど…」
「ちょっと位平気じゃない?」

ちょっとした古い感じの甘味処。中には和菓子やらなにやらも売っているお店には「氷」とかかれた旗が
もうはためいていた。大盛りの氷の割に値段は100円と、とても安くて美味しいココの氷は実は毎年の
俺の楽しみだったりする。そういえば昔、トシを連れて食べに来たことがあったなと思いながら、食べて
帰ろうと、トシの腕を引っ張って半ば無理やり甘味処に入っていく。
勘定をして目の前で作ってもらう。俺は定番的ないちごで、トシはレモン。このなんとも言えない合成着
色料な甘さが良いなと思っていて、それをトシに身体に悪いと批判されたことを思い出した。
たしかそのときもトシはレモンだった気がする。やっぱり根本は何も変わっていないのだと思った。
冷たい感触が口内に伝わってほっと息をつく。
今日もハードだった仕事は全身を火照らせていた。
隣でパクパクと氷を食べているトシが可愛くて、意外とこういうものが好きだということを知ったときはびっ
くりしたな、と思う。

「舌だしてみ」
「……ほら」
「キイロだー。不健康!」
「お前は唇赤い!」
「パー子でぇす!ご指名の次はドンペリがいいな〜」

あ、でもトシ君の身体でも良いけどぉー、と変に身体をくねらせてオカマを演じると、キモい!といいながら
トシが眼に涙を溜めながら笑ってくれたのが嬉しかった。
ゆっくりと、それでも毎日をかみ締めながら生きている俺たちは、互いの手を離さずに居ることに、ただた
だ一生懸命だった。
1日でも、数時間でも長くこれが続けばいい。
なんでもない事が、最高の幸せだから。


隣で笑っていてくれれば、それで良い。


手を繋いで家路を帰るころには、もうそろそろ日が暮れる頃合で、家で待つ健康優良児達が牙を剥いて
まっていると思うと、二人して早歩きになって。
また、笑った。













「神楽―、風呂入ったなら毛を乾かして早く寝ろ」
「今日は11時からのドラマ見るアルヨ!!」
「ビデオ録っとけ」
「リアルタイムにこそ意味がある、ってエライ人が言っていたアル」
「うん。お前の脳内だけの偉い人ね」

頭をぐしゃぐしゃーっとタオルでかき回して、乾かすように促す。
俺って良いパパになれるよね。
風呂から上がった俺の目の前に居たのは、俺よりも先に風呂に入ったのにまだ髪が濡れている神楽
で、トシはというと洗濯物をタンスにでも入れているのか姿が見えない。
テレビの前に陣取っていた神楽を洗面所に押しのけて、新聞を見ながらチャンネルを回すと、結野アナ
が視界をやっている夜のニュース番組に行き着いた。
丁度これから天気予報らしい。時間を見ると切りのいい時間帯だった。

「神楽は?」
「洗面所で頭乾かしてる」
「神楽ー!さっさと寝ないと明日の朝のお前の顔は不細工だぞ。見るも無残な顔だぞー」
「……寝るアル!トシちゃん録画ヨロシクネー」

あ、そう言う文句の方が効くんだ。メモっとこ。
しっかりと頭も乾かして、寝る準備をした神楽はもともとお休み3秒体質だからか、すぐに寝床の押入れ
に入っていた。……某ネコ型ロボットのようだとは思うけれど、そこはもうあえて突っ込まない。

「録画っと…。コレか」
「何か持ってくる。麦茶とかが良い?」
「サンキュ」

俺の隣に腰掛けて録画のセットをしているトシに声を掛けて立ち上がる。
ふらっと台所に行こうとした足が、ひとつの音声で止まった。


『それでは梅雨明けについての速報です』

思わず息を飲んだ。

『さきほどの気象庁からの報告により、梅雨明けは今週7月7日。七夕になるそうです。
当日は満点の星が見えることでしょう!今年の梅雨明けは例年より少し早く、』


振り返るテレビの画面には満面の笑みのアナウンサー。梅雨明けについて話すスタジオ。
もう、梅雨に関するニュースは無音になって聞こえない。変わりにキーンという耳鳴りのような音が脳
に響き渡る。足元が暗くなって、ドクンドクンと心臓が早鐘のように鳴り出す。

呼吸が、苦しい。

トシは、リモコンを持ったまま固まってしまって、その背中は悲痛そうな表情をしていた。
台所へ向いた足を元に戻して、後ろから抱き締める。

「トシ」
「……うん」
「トシ」
「……大丈夫。平気だ」

カタカタと震える肩が切なくて、なおの事ぎゅっと抱き締めた。
ゆっくりとこちらに身体を預けてくれるトシの頭が俺の肩に寄りかかってきて、俺も頭を寄せた。
抱き締めたまま、唇を重ねる。
それでも不安に揺れている瞳に、さっきまで平気だったのに、と思った。
思わず唇をかみ締める。

さっきまで、普通だったのに。
いつも通りの日常がやってきて、ちょっとしたデート紛いのこともしてきたのに。
さっきまで、あんなにも笑いあっていられたのに。
たった一つのニュースに脅かされる。

「俺、お前がどうしようもないくらい好きだよ」

何度も言って、何度も言われた言葉に胸が熱くなる。

「俺だって、トシがすきだよ。何度だって、恋に落ちる。何度だって、トシに惹かれる」
「何度だって?」
「そう。だって、トシの傍は幸せで、暖かくて、居心地がいいから」

少し目を見開いて、柔らかく笑う。少し緊張が解れたようでほっとした。

「そう、だな。俺もお前の隣は居心地がいい」
「最後まで、一緒だろ?」
「当然」

そう言って目を瞑るトシの額に口付けて、また抱き締めた。
光が戻ったトシの目はちゃんと輝いていて、クスクスと笑いあう。
終わりは、刻々と近づき、変えようのない事実に沈む気持ちは、その不安は、口に出さずにそのまま身
体を重ねた。













好きだと、
離したくないと、
天に届けばいいのに。
もう二度と、離れたくなんてないのに。
重ねた唇はいろんな想いで溢れてて、
貪った身体は離したくないって叫んでた。

離したくなんて、ないのに。

無常にも日々はすぎ、それでも俺は。
幸せだった。





NEXT
エロカット!(書いたけど消しました。うへ)あと2話(予定)

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送