やっと、手を伸ばす。


六 月 の 花 嫁 ( 9 )




「……ん、…き。ぎん…き」
「ん〜?」
「銀時!」

フワフワと夢の中を彷徨っていた意識が、名前を呼ばれることによって浮上する。瞼を開くと、ソコにはト
シが居て瞬時にさっきの事を思い出す。
あのあと俺は、すぐにまた熱を出して眠ってしまっていた。なんだか彼を直視できなくて、目線は部屋の
中を行きかっている。カーテンは閉められ電気が点けられていることからもう夜になってしまったのだろう
と思った。まだ少し身体はだるかったが、何とか起き上がった。
トシは、俺の隣に腰掛けて食器の乗ったお盆をおいた。お盆の上にはおかゆと、お茶、そしてヨーグルト
に蜂蜜がかかったものが乗せてあり、脇には薬も乗せてあった。
お粥から沸き立つ湯気に、無いと思っていた食欲が湧いてきた。

「食べられるか?」
「大丈夫っぽい。食べられるよ」
「そっか、ゆっくりでいい。残して構わないから」
「そういえば、神楽は?」
「志村さん?の家に泊まるって、さっき出てった」

俺の膝にタオルを乗せて、その上に食器を置く。
出来立てなのか、タオル越しに温かい熱が伝わってきてすぐにお粥に手が伸びた。口に運ぶと熱々だっ
たが、それでも十分美味しくて何度も口に運んだ。
丁度良い量だったお粥は直ぐに食べきることが出来て、渡されたお茶は冷たく一息つけた。そのままそ
のお茶で薬を飲む。苦く、後味は相変わらず最悪だったが、手渡されたヨーグルトの蜂蜜の香りで少し
和らいだ気がした。手のひらのカップはひんやりとしていて、ヨーグルトは甘くて、ほっとする。
だるかった身体も、覚醒して時間がたったので目が覚めてきたようだった。
ここまで一言も俺たちは口を開かず、なんだか緊張した雰囲気が漂っていた。

「……こんな感じの発作は、何度かあったのか?」
「……あったよ、何度か」

嘘じゃない。ただ君が死んでからの話しで、ことの発端は俺の弱さが原因ってことだけ。
何かと不便なこの身体は、君の死に負けた俺の弱さの産物。
空になったお粥の食器を弄ぶ落ち着きの無いトシの行動が、何となく彼の心の乱れを読み取らせる。
決して目を合わせずいつもの調子で、けれど少し声を震わせながら彼は言った。

「俺が居なくなったら、どうなるんだろうな」
「え?」
「心配だな、って」

さも何でも無いかのような口調で言い放った言葉は、俺を動揺させるには十分すぎるものだった。
ドクンドクンと心臓は煩いくらいに鳴っている。
目を見開いて、彼を見るけれど彼の顔は俯いたままだった。

「今、なんて?」
「え?」
「居なくなったらって……」
「そうだな」



「雨の季節が終わったら。」


そう言った彼に煩かった心臓は音を止めて、今度はサァっと頭から血が引いた。
ヨーグルトのカップを持っている手が震えて、それでも俺の頭の片隅はすぐに悟る。

「記憶が?」
「違う。戻ればいいと思うけど。でも、見つけちまったんだ、俺の生きていた証拠。それから、」
「それから?」
「それとなく、総悟が言っていたから。俺その…俺たちが恋人同士、だった、とか色々。そう言うものと
か。あとは、俺の書いていた日記、とか」
「……そっか」

神楽も俺も誰も居ないとき、掃除をしている最中に見つけたのは俺が隠しておいた箱。
そして、その中に入っていたのは、トシの死に関するすべての書類だった。ソコには、彼と映っていた写
真も、彼に関する俺の記憶すべてが隠されていたから、それを見れば聡い彼だ、すべて分かってしまっ
ただろう。それに、同棲を始めたころに、ちゃちな2人だけの結婚式を挙げたとき2人で買った指輪もその
中に入っていたはずだから。確か一緒にトシが生前書いていた日記も入れておいた。彼の胸のうちを知
ることが怖くて、読むことは無かったけれど。
引いた血と、彼の落ち着いた話し声は逆に俺を冷静にさせた。
隠し通すつもりなら、もっとしっかりすればよかったのだ。
この狭い家に、完璧なんて何所にも無い。

ただ、失念していたのは、彼がいつか消えるということ。

いやおう無く突きつけられたその事実を知らせたのは、悲しいかな、それを知って欲しくなかった人。

「あの日、真撰組の人たちに会いに行って、総悟と2人きりになっただろ?そのときに、恋人同士だった
んだよ、って言われた。そのあとに偶然、箱を見つけて、開けたら書類とか入っていたんだ」
「……黙っていてごめん」
「良いんだよ!最初の状態の俺じゃあ言われても混乱しただけだし、気にすることなんかねえ。それに、
俺も最後まで黙っていようと思ってたけど。でもちゃんとしねぇと、って思っていたし」
「ちゃんと?」
「お別れのこと、とかさ。俺たちの関係、とか」

やっと顔を上げて目を合わせると儚く微笑んでくれた。
それは、さっき夢で見たトシの笑顔とシンクロするものがあって、とても胸が苦しくなった。
「最初は、混乱した。恋人って言われても、ってずっとそればっかり考えてた」
「そりゃそうでしょー」
「でも、さっきお前が倒れたの見て血の気が引いて。慌てて焦って、正気じゃいられなくなった」
「……」
「ああ、好きなのかなって思った。こんなになっちまう位、惚れたのかなって」


「だから、お前が『アイシテル』って言ってくれたとき、すごく嬉しかった」


少し頬を染めて笑う姿が可愛くて、ぎゅっと手を握った。
本当にちゃんとトシが帰ってきた気がして、それでも言いたいことが言葉に出ないものだから、ただ、握っ
た手に力を込めた。伝わればいい、と想いを込めて。

「好きだよ、トシ。アイシテル」
「ちゃんと、俺のことが?昔の俺じゃなくって?」
「そう。俺はお前に2回恋したんだ」
「……早く、言っていれば良かったな。たった6週間の恋なんて」


寂しいなあ。


微かに笑って、そう呟くトシは儚げでなんだか悲しくて、否応にもトシが行ってしまうことを実感する。
笑う彼の顔にはもう覚悟が出来ていて、この数日間悩んだ結果が現れていた。
ヨーグルトをお盆に置いて、握った手を引いて抱きしめた。少し緊張で強張る体が愛しい。


「トシ、」



大好き、愛している。何度言っても言い足りない。頬に、額に、唇に口付ける。久しぶりに味わった彼の唇は柔らかくて、何だか涙が出た。
そんな俺の頭をふわふわ撫でる彼の優しさに眩暈がする。


抱き締めた身体は、甘く、切ない。
ただ、俺たちのくすぶった気持ちだけが溢れ出ていた。















ああ、本当に。
大好きすぎて、行って欲しくない。
天国なんかに、君を渡したくない。
臆病者の俺は、何度君と擦れ違えば気がすむのだろう。
この日は本当に幸せだった。いつもより、もっともっと。

感じる体温に強く想う。

強くなりたい。

ただ、強くありたい。

彼のために。

自分の、ために。









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告白話。自分の力のなさにガックリ。

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