それは、六月三日の悪夢。



六 月 の 花 嫁 ( 8 )




ふわふわした意識の中で、あれ?俺どうしたんだっけ?と考える。
ああ、そういえば。発作を起こして倒れたんだっけ?じゃあココは何所なのだろう。ぼんやりとした視界の
先の風景は病院。静かな雰囲気と薬品の臭いに吐き気がする。
目線のその先には、目を瞑って呼吸器に身を任せるやせ細ったトシ。
…そうか、きっと此れは夢だ。
これは、トシが死ぬ直前の夢だ。
随分とリアルな夢だなあ、と思う。そして、俺の身体は俺が思ったように進まずに、俺の意識はほとんど
第三者のようにただ、その風景を眺めていた。
夢の中のトシは、俺の影に気がついて目を開いてこっちを振り向いた。俺は気まずそうに笑って、それで
もいつもの調子でベッドの脇の椅子に腰掛ける。手をとって笑いかけると、まだ、笑ってくれた。
この時は、トシの容態が悪化したと聞いてスクーターに乗ることも忘れ、ただ走って病院まで向かったの
だったと思う。もうすでにやってきていた近藤や沖田。ドアの外には神楽や新八もいた。
そういえば、この頃からもう俺は彼を幸せに出来なかったという罪悪感が胸を締めていたと、思い出す。
1年もたつのに、なんの進歩もないことに笑った。

『……掃除は、した?』
『新八がやってくれた。おかげでジャンプ全部捨てられたー…』
『……キレイに、しろよ?』
『うん』
『ちゃんと、食べて。ちゃんと起きて仕事して。ちゃんと泣いて笑って怒って…』
『……うん、分かってる。大丈夫』

喋るたびに苦しそうにシューシューと音がする呼吸器が切なかった。
力が込められている繋いだ手はまだ暖かくって、他愛もないそれでも重要な会話を続けようとしてくれる
君が、悲しくて愛しかった。
本当はね、連れて行って欲しかったんだ。
死ぬ、だなんて知りたくなかった。感づきたくなかった。
日に日に細くなっていく君を見て、それでも笑う君を見て、あふれ出す涙が憎い。
涙など君の前では絶対に見せまいと、ひとりになってからどれくらい泣いただろう。そんな自分が憎くて
仕方がなかった。

『なあ、ぎん』
『なーに?』
『……ありがとうな』
『何、いきなり』
『愛してくれて、悲しんでくれて、笑ってくれて、泣いて、くれて』
『トシ?』
『でも、俺は笑った顔が一番好き、だから、』


いっぱい泣いたら、ぜったい笑って。


微笑みながら、そう言うトシについに一筋頬を涙がつたってしまった。トシの目からはもう涙が滲んで頬を
つたって、シーツに染みをつくっていた。
繋いだ手をもう片方の手で包み込んで、頬に寄せる。奥歯をかみ締めて覗いた顔はやっぱり笑っていた。

『神楽、よろしくな。お前は保護者なんだから』
『……っうん。俺があのお転婆、世間にだしても大丈夫な女にしてやるって』
『……口だけー』
『うっさいよ』

クスクスと笑われて、拗ねた表情をするとすこし雰囲気が和んだ。
トシは、握られていない方の手で俺がするように俺の手を包んだ。強い力で握られる。それは、トシの全部の想い
が詰まっているようで、胸の奥がジクジク痛んだ。

『そうだなぁ、1年後の6月。雨の降る季節に会いにくるから』
『え?』
『ちゃんとやっていけているか、見に来てやるから、
だから、絶対生きていろよ』
『………っ!!』 

トシの奥歯がガチガチと音を立て始めて、呼吸が荒くなり始めた。
最期の時が、迫っている。

『生きてね、生きて……いてね、やくそく』
『わかってる…!!約束、するからだから…』

ひとりに、しないで。

ぎゅっと懇親の力で握られていた手がどんどん力を無くしていく。
ピ、ピ、と音を立てていた医療器具の音も感覚が開いてくる。

ああ、嫌だ。

連れていかないで。

置いていかないで。

離れたくなんて、なかったのに。

ずっと、ずっと一緒にいたかったのに。


『ぎーん、だいすき』


ピーっと医療器具が音を立てて心拍数が止まる。
掌の力も無くなった。
そうだった。こうして六月三日、彼は天国へと旅立ってしまったんだ。
この日、ずっと笑っていた彼の死に顔は、やっぱり笑顔だった。

彼の命の灯火は、この日途絶えた。

「生きて」
なんて、君が言うから。壊れた身体で必死に生きてきたよ。
「約束」
なんて、君が言うから。俺はココまで生きてきたんだ。神楽を一人前にするために、君が言うようにちゃん
と食べて、働いて、泣いて怒って笑っているために。
君が、1年後戻ってきてくれる。それだけを胸に抱いて壊れた心も身体も奮い立たせた。
ねえ、もう一度。君に触れたい。
もう一度、アイシテルって言いたいな。

病室の風景が一気に真っ白になった。
何かに引かれるように腕を伸ばした。




伸ばした手がいきなり現実のものになって誰かに掴まれた。それは、知っている掌の温もり。温かい感
触が夢の終わりを告げる。ぱっと目を開いた先には泣きそうなトシの顔。
ああ、
本当に君は戻ってきてくれたね。
記憶は無かったけれど、また君に会えて、俺はまた君に恋をしたよ。
最後に言いたかった言葉は「一人にしないで」なんて言葉じゃなくって、
ただ、一言の愛の言葉。


「トシ、あいしてる」


「俺もだよ、銀時」
「……トシ?」

寝ぼけ眼で口をついてしまった言葉に、すぐさま反応が返されて一気に頭が現実に引き戻された。

俺は、今。なんて言った?

「俺も、銀時が好きだ。ずっと、最初に会ったときから、きっと好きだった」
「トシ?」
「ずっと、燻っていた気持ち。言うにも言えなかったけど」
「………っ!!」
「だいすき」

握られた手に込められた力が、夢と交差して涙が滲む。
夢のようで、でも現実。

「……っ俺も、トシがすきだよ……!!」

身体を起こしてぎゅっと抱き締めた身体は久しぶりのその温もりで、変わらないその香りにやっぱり涙が
溢れてしまった。











やっぱり、きっかけは何所にでもころがっていたね。
気がついたのは無意識で、
それを掴んだのも無意識だったけど。
まだ混乱した意識で、それでも心は満たされていたんだ。
背中に回された手が、愛しくて。

ああ、やっぱり。

どんな君でも、俺は、恋に堕ちる。









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感動シーン…のわりに私が書くと感動せず。ショック!!

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