ほんのちょっとのきっかけは、何所にでもころがっていて。
でも、それを拾うことが出来ない。



六 月 の 花 嫁 ( 7 )




トシが帰ってきてから3週間以上たった。
周囲もだんだんと落ち着いてきて、俺も仕事をやるようになって、家ではトシが待っていてくれる。まる
で、昔の生活が戻ったかのような平穏な生活。
真撰組のほうは長期休暇と言ってトシを仕事に出すのをやめていたので、トシはいつもヒマそうにしてい
るが、神楽や新八や今回のことを知っている人々が彼を訪れるようになって気に掛けているので、一人
になることはあまりないようだった。
俺はといえば、ただのうのうと平穏を貪るばかりで少し前に近藤に打ち明けた想いを一向にトシへと告げ
ようともせず、神楽たちが急かしても以前と笑って誤魔化すばかり。……最初からガンガンにアプローチし
ていた昔と違って、始まりで『同居人』と躓いてしまったから、そうそう展開できない。
……と、言うのはかなり言い訳で、要するに俺が臆病なだけなのだけれど…。
ブーツを履いて、トントン、とつま先を地面で鳴らす。部屋の奥にいるはずのトシに声をかけた。

「んじゃあ、そろそろ行って来るね〜」
「あ、ぎん」
「ん?」

パタパタと駆け寄ってくるトシに微笑みかける。
その手の中にはタオルがあって、はい、と渡された。

「今日は雨が酷いし、気温が低くなるみたいだから。……顔色があんまり良くねぇぞ、大丈夫かよ」
「ああ、ありがと。銀さん元気だけが取り柄だから大丈夫よー」
「……なら、いいんだ。無理はするなよ?お前の場合洒落にならない」
「………なにが?」
「夏風邪は馬鹿がひくんだろ?」
「………トシ…」

がっくりと肩を落とすと、盛大に笑われていってらっしゃい、と背中を押された。押された手が離される瞬
間にトシの表情がなんだか曇った気がして、振り返る。
真撰組に行った日以降、度々あるこの表情。最近は酷くなっている気がする。

「トシ?」
「……なんでもねえよ。ほんとに気をつけろよ?体調悪くなったらすぐ帰ってこいよ?」
「わかっているって。トシの方こそ、ちょっと変だよ?何かあった?」
「なんでもねぇって!ほらほら、行ってらっしゃい」

またぐいぐい背中を押されて、行ってきますと言い返してパタン、と扉を閉める。最近のトシは冗談も言え
るようになって笑顔も増えた。この生活になれたようで、それでも何も思い出さないことを申し訳なさそう
にしているが、その様子も格段に減ったような気がする。
いい傾向だ、と思うものの煮詰まってくる自分の気持ちに気に掛けてあげられる余裕が無くなっていくの
がなんとも情けなくて仕方がない。笑顔も増えた、それでもこの前から、なんだか考えることが多くなって
きた気がする。強く聞けない俺も俺だけれど。
本当に少し体がだるい。喉もムズムズして、さっきから空咳ばかりしている。
今日は少し早めに上がった方がいいかもなー。
そう思いながら、いつも以上にザアザア降っている雨を見上げて傘をさし、歩き出した。

「……っけほ」

爆弾を抱えるこの身体に、嫌な予感がした。












ちょっと、洒落にならないかもしれない。

「……ひゅっ、ゲホ、け、ほ」

身体がだるい。
視界が鈍る。
次から次に出てくる咳に呼吸が出来ない。
やっとのことで見えてきた家の扉を震える手で開く。滑り込むように室内に入るとガクリと足の力が抜け
た。傘はもう持つことが出来なくってどこかに捨ててきてしまった。だから余計、濡れた身体は体温を奪
っていって、ガクガクと身体は異様に震える。
よくもまあ、ココまで頑張ったものだと自分を褒めてやりたい。
物音に気がついたトシが近づいてくる足音が聞こえた。一緒に聞こえてきた足音は多分神楽のもので、
ああ家にいたのかと遠のく意識のなかでぼんやり考える。

「………っぎん?!」
「銀ちゃん……!!」
「……ごめ、ト……シ、クス……リ」
「薬?薬って……」

ぎゅっと握り締められた掌が温かくて、すごく安心した。
どうしよう、とパニックになっているトシに何か言葉を掛けようと口は開くものの、出てくるのは咳と無理に
する呼吸音だけ。
もどかしいなあ、と思いながら握ってくれているトシの手を強く握った。

「トシちゃん、薬これアルヨ……!!」
「…っあぁ、悪い!ほら、ぎん……」

飲める?と聞いてくる彼に頷くが、歯がガチガチ音を立てていて上手く口を使えない。
情けなさに涙が滲む。
そのせいで余計にトシの顔が見えなくなって、途端に不安になった。
視界がぐるぐる回って、ぎゅっと目を瞑る。

「……ごめ…ね?」
「……え?」

トシが俺の口元に耳を寄せる。


『幸せに、してあげられなくて、ごめんね』


掠れる、本当に小さな声で囁いて、意識が遠のいていく。
覚えているのは口に無理やり入ってきた水と薬と、なにか柔らかいものが触れた感触。
俺の視界は、暗転した。











君の、小さな、けれど大きな変化に気がつかなかった俺は。
ほんとに自分のことで精一杯だったね。
この時にはもう、君は終わりに向けて歩き始めていて、
それを俺は気がつかずに背を向けているだけだった。
離れたくないと、
握り締めた拳は温かくて。

きっと、それが『きっかけ』だったのに。

やっぱり俺は、それに気がつかない。







NEXT
いきなりな展開ですみません…短いし、銀さんへタレだし。…ひぃぃ!あとちょっとです。(…多分)

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送