ひとの掌は、本当に温かくて心に響いた。



六 月 の 花 嫁 ( 6 )





今日も今日とて雨日和。ザアザアと降り続く雨は地面に水溜りを無数に作っていた。
真撰組屯所内の局長室で俺と近藤は向かい合い座っている。数日前、トシに「家族に会いに行こう」と言
ってからすぐに近藤に連絡をして、時間の調節をすると今日になってしまった。
電話でトシが会いに行く事を説明すると、事のほか冷静な声で「そうか」と返されたことには驚いた。もっと
泣いて喜ぶと思ったけれど、今日会って、信じていたのだと柔らかく微笑んだ姿に逆に納得した。
トシを連れて行くと、急に泣き出した隊士達にトシは心底驚いて、何も覚えていないのだと申し訳なさそう
に説明していた。そのあと、すっと近づいた沖田がトシの手を握って連れ出してしまい、多分副長室にでも
連れて行って大好きな「お兄ちゃん」を実感でもしているのだろう。彼は本当にトシの事を慕っていたから。
もちろん、彼だけでなく他の隊士たちも。彼に関わった全ての人は、きっと彼を慕っている。
向かい合って座ったものの始終無言。どう話せばいいのか分からないが、いいたい事は沢山あって、どれ
から話せばよいのか迷ってしまう。穏やかなようで、けれど緊迫した雰囲気がジメジメした空気の中にな
がれた。体勢を崩して、降り続く雨をぼーっと見ながら、それでも近藤の顔は見ることが出来なかった。

「トシはさ、俺たちとの記憶が一切ない。だから俺との関係もしらねえんだ」
「……そうだな」
「無駄に混乱させるよりさ、このままでいた方がずっと幸せだと思ったんだ」
「……そうか」
「けどさ」

いつものハイテンションに比べて落ち着き払った彼の姿になんだか大きいものを感じて、口は勝手に言葉を
紡いでゆく。この雰囲気が、トシと過ごした時間で感じたことをポツポツと話させる。
握った拳に力を込めると、手のひらに爪が食い込んで俺のなかの込み上げる何かを押しとどめた。

「俺、やっぱトシが好きで。すんげー好きでさ。
p トシの思っていること、やっていること、全部昔のまんまで。でもなんか違くて。
あり得ないことだろうけど、俺、同じ人に2度も恋をしていて。それでもさ、なんか」

俺の中の罪悪感がその想いを押しとどめている。
俺は君を幸せにできただろうか。無力な俺は、君を救うことも出来なくて、ただ見守ることしか出来なくて。
そんな俺が彼にまた恋をしたところで、また同じコトを繰り返すような気がして。
握り締めた拳も、顰めた眉も、ぼやける視界を押さえることは出来ずにやりきれなさに鼻をすすった。
少しでも気を抜くと俺の無力さが前面にあふれ出てしまいそうで、そんな情けないことはしたくなかった。
それでいいのと神楽にも新八にも問われたけれど、決断を下すこともできず、想いだけを押し殺して、身体
に爆弾を抱えて、ただ平穏だけを追い求める。
トシが死んだときにぶっ壊れたこの身体は、重荷以外の何物でもなかった。
気温の変化や気候、ストレスによって出てくる喘息はトシの目を掠めて薬で何とかした。
物忘れは、神楽や新八の作ってくれるメモで何とか凌いでいる。
こんな、継ぎはぎの様な身体の俺が、もう一度彼を愛して何になる。そんな資格俺にはない気がした。

「好きだけど、大好きだけど、駄目なんだ。
でも俺じゃあアイツには役不足すぎて何も出来ないのに、俺はアイツが欲しくてたまんねぇんだ」

浅く笑う。
握った拳を解いて、目の前で祈るように組んで額に押し付けた。ぎゅっと目をつぶると、情けなくも少し滲
んでいた涙が湿っていた。

「……俺は、トシは幸せだったと思うぞ?」
「………?」
「じゃなきゃ、あいつはお前の傍に居ないし俺たちだってお前の傍にやらなかった。
最期の最期までアイツが笑っていてくれたのは、確実にお前のおかげだった。約束通り戻ってきたトシが
何も覚えていなくっても、お前がアイツのことを愛しているなら、それでいいんじゃないか?」
「こ、んど……」
「俺たちはお前達が恋人同士として笑っていたのが好きだった」

目線を上げて近藤を見ると、これからもな、そう言っていつもの笑顔を向けてくる。はつらつとした彼特有の
笑顔は俺の気持ちをスッと軽くしたような気がした。
頑張れと肩を叩かれて、その力強さと暖かさに喉に詰まった小骨が取れた感覚がして、自然と笑みが浮
かんだ。けれど、まだ「トシは幸せだったか」という疑問は頭を過ぎっていて、すぐには変わることは出来な
いのだろうという思いがある。

「どんなトシでも、きっと最後はお前を受け止めてくれるさ」
「簡単に言うなぁ、お前……」
「俺はトシの幼馴染だぞ。お前より多少年季が入っているんだよ」
「あーあーそうですかー」


「近藤さん、話は終わりましたかぃ?」


トシの手を引きながら沖田が入ってきた。
きょろきょろとしていたトシが俺に微笑んで、それに微笑み返す。やっぱり、見ているだけでこんなにも
色々な気持ちが溢れてくる。それをどうこうする余裕はまったくない。
部屋に置いてある時計を見ると結構な時間が過ぎていた。たしか今日はこのあと真撰組は一斉警備の仕
事があるらしい。だいぶ遅くなったな、と重い腰を上げる。

「さて、俺らは帰るかね」
「おお、また来い!トシ、お前もいつでも来ていいんだからな〜」
「そのうちお邪魔しやすんで」
「おー、じゃあな。トシ、行こうか?もう大丈夫?」
「大丈夫だ。夕飯の買い物していこう」

さくさく玄関先に移動して、立て掛けてあった傘を広げる。
トシは、すれ違う隊士ひとりひとりに挨拶をしてやっぱりうるうるしている隊士に不思議な顔をしたが、それ
以上はなにも言わなかった。
傘にポツポツとあたる雨の音を気にしながらトシと並んで歩く。隣には何かを考えているトシの顔があっ
て、やっぱり何か思うところがあったのかなぁと何気なく思った。





「近藤さん」
「ん?」
「俺はやっぱり恋人同士のあの人達じゃなきゃ嫌みたいでさぁ」
「……そうだな、俺もそう思う」
「だから、余計なことばっかり考えている旦那に余計なちょっかい出させていただきやした」
「…………?」
「記憶のない土方さんもやっぱり旦那が気になるみたいだったから」
「気づかせたのか?お前が、自分から?」
「やっぱ俺は土方さんが笑っていればいいですしねぃ。その為に旦那は必要不可欠だ」
「……そうだな」
近藤が優しく微笑んで沖田の頭をポンポンと撫でる。
そんな情景が俺の背後で行われていたのを、そのときの俺は予想だにしなかった。












弱虫でごめんね。
臆病でごめんね。
君をまた、愛してしまってごめんね。
君が、このときにはもう少しずつ回りのことを考えていたなんて全然分からなかったんだ。
そして、ここが最大の分岐点だったのだと気づくのはもっとずっと後のことだったけれど。
今思えば、

勇気も、笑顔も、幸せも。

全部君が分からせてくれたんだ。








NEXT
トシになにがあったのか……。番外編とか書いたら笑ってください。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送