昔話をしよう。
思い返す、君との思い出をただひたすらに。


六 月 の 花 嫁 (  5  )



ピピピピ…と電子音がしてトシが体温計を取り出した。昨夜の微熱を引きずっているらしく少し頬が赤く染
まっている。覗き込むと7度ちょっと。平熱が低いからこれくらいでも結構きつそうにしているのは前々から
だ。やはり、昨日の空元気がたたったのだろうか。
記憶が無い、それだけでもかなりのストレスなのに。その上俺達があんなに不安そうな目で彼をみていた
ら、どんなに辛くてもそれを隠そうとするのだろう。その結果があの掃除と夕飯、のような気がする。
体温計のスイッチを切って、棚に戻そうとするトシの額に手を当てて自分との体温を比較してみた。

「……っ」

いきなりのことで戸惑ったのか、触れていた部分を思いっきり離される。その動作に少し苦笑い。

「あぁ〜…ごめん。いつもこうやってたから」
「…いや、大丈夫。いきなりでびっくりしただけだ」
「今日は休んでたほうがいいよ?買い物とかなら俺が行くし」
「あぁ、じゃあ頼む、な」

分かってる、と微笑むと安心したような申し訳ないような顔をして目を閉じた。
買い物に行くべくトシが寝ている寝室のふすまをしめる。そのまま玄関へ向かい財布をもち、サンダルを
引っ掛けてさっさと家を出た。大江戸スーパーへはそんな距離でもないが、朝から新八の家へ行かせて
いた神楽のことが気になるので、そっちへ寄ってみようと思った。スクーターのエンジンを掛けて、ハンドル
を握る。今、雨は止んでいるが今にも降りそうな天気に一応持っていくか、と傘をハンドルに引っ掛けた。

――新八には、話しておいたほうがいいのかもしれない。

ソレは朝、神楽と2人風呂に篭って話し合った結果だった。
トシはこの状況を赤い顔をして不思議そうに見てきたが、ゴメンと手を顔の前で合わせると苦笑いをしなが
ら朝食を作り始める。それを横目でみつつ、風呂場へ直行。神楽と2人で風呂場の端でヤンキー座りをし
ながら真顔で話し合った。……かなり怪しいのは2人とも自覚済みで。
毎日通勤してくる彼にはきちんと話さなければならないのは、心のどこかで分かっていた。
そして、真撰組にも。
いつまでもトシを外出させないわけには行かない。本人だって納得しないだろう。ならば、きちんとした後
ろ盾が必要だ。事情の分かる、それも大きな組織なんてトシの実家的なアソコしかない。
ただ、真撰組には、まだ勇気がでなかった。
スーパーで適当に食材を買って、スクーターに乗せる。そのまま志村家まで行くと門前で神楽が待ってい
た。目の前でスクーターを止めて鍵を引き抜く。

「どうしたよ、お出迎えなんて珍しいじゃねーの。さびしかったかーお父さんいなくって」
「アホが2倍増したアル。とうとう湿気に頭パーになったネ。新八は中にいるヨ。姉御は出掛けてったネ」
「湿気の多さと頭ん中は関係ないうえにパーは天パの方だコラ。…言ったの?新八に」
「言った。大雑把に」
「どんだけ噛み砕いたよ、お前…」
「トシちゃんがもどってきた」
「説明不足だな、おい!」

二人でのろのろと玄関を目指す。砂利が雨でしめっていて、それがサンダルに入ったりしてなんだか気持
ち悪かった。ちょっと湿っているところがまた嫌だな、コレ。
神楽の説明不足に呆れながら玄関を開けると、死にそうな顔の新八に遭遇。
これは、結構大変な作業になりそうだなあ、とか食料傷んだらどうしよう、とか頭の端で考えながら溜息を
ついて笑ってやった。
さらに泣きそうな顔になって、少し途方に暮れそうになったのは内緒にしといてやろう。











「ただいまー」
「おかえり」

帰ったのはもうすぐ7時になるかならないかの時間だった。
遅かったなと言いながら食材をトシが預かって台所へとスタスタ向かう。熱は下がったのかで出際まで赤
かった頬はいつもどおりの肌色にもどっていた。
買ってきた食材を冷蔵庫に収めながら今日の夕飯を考えているのかじーっと中を見ている。さっき熱は平
気かと尋ねたら、全然平気だったと答えられた。

「神楽は今日お泊りな」
「そっか、どこに?」
「もう一人の従業員とこ。話しただろ?俺の職種」
「……よろず屋、だっけか」
「そうそう」

何となく買ってきた大根を片手にそれをじっと見ながらトシが神妙な顔をする。

「どうしたの?」
「………覚えて、なくって。悪いな、って。なんか、悔しい」
「……気にしなくっていいんだよ。ゆっくりで、良いんだ」

君が戻ってきてくれた、今傍にいてくれるってことだけで良いのだと。そう心の中で呟いて、それでも笑い
かけて肩を叩くことしか出来ない自分が腹立たしい。
秘密にしていることが多すぎて、抱えている想いが多すぎて、それを君に言えない歯痒さが胸を締める。
君は、こんなにもそばに居るのに。
確かな熱を持って、ココに存在しているのに。
『大切な同居人』が、俺が自分で選んだ道が、今の俺の邪魔をする。

「あの、さ」
「ん?」
「昔のこと教えてくれないか」
「………」
「知らないことばかりは、辛すぎる」
「………うん」

俺の返事に快く笑ったトシは適当に俺が買ってきた食材をスムーズに料理してくれた。それを食べて、後
片付けは台所に置くだけにして、ソファーに向かい合わせに座る。
日常の知識は無意識に出てくることに疑問をもちながらもトシは慣れた様子でお茶を持ってきてくれて、そ
れを呑みながら、さて何から話そうかと少し悩む。とりあえず、最初からか?

「出会いは池田屋。警察として乗り込んできた現場に俺がいたの。テロ犯と一緒に」

そう、出会いは池田屋。ヅラに仕組まれたテロに巻き込まれて、そこに君がやってきた。そのときはやけ
にキレイな奴だな、くらいしか思わなかったけれど、何回か会ううちに君の中の心意気とか仲間思いの一
面とか何から何まで俺を突いた。

「ソン時は名前なんて知らなくて多串君とかよんでたなあ。2度目は俺のバイト先の屋根の上。お前の親
友で上司を俺が決闘で負かしちゃって、その敵討ちに来たの」

近藤の前での笑顔とか、沖田を見る兄貴のような眼差しとか、とにかく君を知っていくうちに何もかもに惚
れた。男だからとか、年下とか、そんなことはどうでも良かった。
君が好きで必死で追いかけて、追いかけて。やっとの告白で恋人になった。その時は回りに冷やかされ
たけれど、実は知らないのは本人達だけの両想いだったと聞かされたのはその時だった。

「んで、俺はそれに勝った。それから、かな?なんの縁か結構俺たちの縁は続いて、俺がかなりの不精な
もんだから子供もろくに育てられないじゃん?だから面倒も良くみてもらっていて、飯作ってもらったりとか
ね。そのうち一緒に住むようになって」

幸せだった。恋人になって、頑張って同棲までいって。一緒にいられる時間が、本当に幸せだった。
でも、そんな幸せは続かない。
最初は風邪だと思っていた。それは間違いで重い病気だと気づいたのはもう入院してからだったけれど。
入院してから、彼の身体は痩せ細り、それでも笑っていた。笑ってくれていたんだ。

「それで今に至る、と」
「へえ。なんか恋人みたいだな、それ」
「…………え!?!?」
「俺が女だったらの話だけど」
「………は、ははは」

恋人なんです、なんて言えません。
それから真撰組の話とか、俺が知る限りの彼の身の上を話すと、もう夜も更けてしまっていた。時刻はもう
11時になろうとしていてその時間に驚いてトシが急いで洗い物へと席を立っていった。
せかせかと動き回るトシの後姿を見ながら昼間、新八に言われた事を思い出す。新八はぐずぐずと鼻水を
すすりながら、それでも気丈に振舞っていた。


『びっくり、しましたけど。銀さんはそれで平気なんですか?』
『……?』
『身体のこととか。土方さんの事情もそうですけど。真撰組の人たちのこととか』
『………』
『土方さんが帰ってきてくれたのはホントに夢みたいで、嬉しくて。だから出来る限り援助はします。でも、
真撰組の人たちにくらい話してあげても、俺は大丈夫だと思います』


抱え込むには、大きすぎる。彼はそう言った。俺も、そう思う。大きすぎる。大きすぎるんだ。
それでも、つまらない俺の独占欲が、十分な判断を鈍らせているのも事実。
ここまで、話した。
真撰組が彼の家であることも、そこには親友も弟のような存在もいることも、職場だってことも話した。
話したからこそ、聞きたいことがある。

「ねえ、トシ〜」
「ん?」
「どう思った?真撰組。」

少し、目を見開いて俺に向き直る。考えながら、それでもはにかんで笑う姿が可愛かった。

「俺の家族なんだよな。でもさ、今の俺の家族はお前らなんだろ?」
「え?」
「なんか、お前の話聞いていたら、そんな気がした。あっちが実家でこっちが家族」
「………」
「両方家族って、俺とお前じゃなんか変だけど」

そういって、洗い物に戻ってしまう。
俺はというと、ちょっと放心。
この短時間でそう言ってくれるとは思わなくて、なんだか愛し合っていた時のトシが戻ってきたみたいで、
目頭がちょっと熱くなった。

「トシ」
「なんだよ」
「トシの家族に会いにいこっか」

いきなりの展開に目を丸くさせている。
俺はというとかなり晴れやかな笑顔。
君がここを家だと、昔みたいに笑いながら言ってくれただけで、単純だけど俺は満足してしまった。
不安なんて吹き飛んでしまった。

「だいじょーぶ。俺がついてるから」

そう言って笑いかけると、なにがだよ、といいながら笑い返してくれた。












そのときは、本当に笑ってばかりだったね。
君が居なくなって崩した身体も、このときは全然大丈夫だったしね。
現金な身体だと思うけれど。
それほどまでに、君の存在は俺にとって大きいものなんだ。
俺には笑いが絶えなくて、君が笑ってくれているってことも嬉しくて。

ああ、本当にこの時は

縮まらない距離が、もどかしかった。




NEXT

夏が舞台だって、どれくらいの人が覚えているんだろう…(うわー)

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送