何も覚えていないのだと、困ったように笑った君は、
昔の君とまったく同じ顔をしていた。




六 月 の 花 嫁 (4)





「あ…の」
「ん〜?」
「何ですか、コレ」
「いやーしばらく寝てたジャン?家事、トシ君の担当だったから」
「たった、一週間で?」

そりゃそうだよね。トシは家事全般が完璧でキレイ好きだったし。一週間くらい病気で苦しくても、身の回りは片付けているよう
な人だった。おかげで俺も子供達も快適に生活ができたしね。
見渡す限り、かなり汚いのは自負してます。
ほっぽってある洗濯物や溜まっている服。積み上げられた雑誌に汚い台所。足の踏み場がほとんど無い床にポツンと端におい
てあるゴキブリホ●ホ●。ちょっと前に神楽が新しいの出していたから、きっと捕まったんだろうなとか内心思う。
1年ってのは本当に短いようで長い。
キレイに整頓された部屋とか、食材の詰まった冷蔵庫とか、積み上げられた雑誌に悪態をつく姿とか。
思い出したらきりが無い。
意中の人物をチラリと横目でのぞくと、眉間に皺を寄せて何か考えていた。

「そんなに酷い状態なのに散歩にいったんですか、俺」
「ん〜〜〜……まあ、ね?」

苦笑いと曖昧な返答でごまかして、胸の中の苦さを押し殺す。
何とも喉に小骨が刺さったかのような言い方が迫真だったのか、トシは「そうか……」と納得してくれた。

散らかるゴミを蹴散らしながら、家の中を一つずつ案内していく。居間、台所、洗面所、風呂、トシの身の回りのものを紹介ついで
に今までのことを当たり障りのない程度に教えると、もちまえの賢さですんなりと理解してくれた。
もちろん、嘘を教えることもしばしばあったけれど。
その度に胸が苦しくなって、何も言わずについてくる神楽がちらりとことらを見る。妙なところで聡いこの子だから何もいって気は
しないけれど……。
一通り説明を終わらせると、トシはぐるりと何回か部屋を見渡していた。

「ええと、まずは掃除、ですかね?」
「え?……あぁ」
「体調も思ったより悪くないですし、俺の担当ならやらせてください」
「……うん……」

丁寧な口調で他人行儀に話されると、なんだか調子が狂ってしまう。
初対面からけんか腰で怒ったような顔ばっかりで、でも、ふと見せる笑顔はものすごく可愛くて……。
こんなに他人行儀な彼は見たことが無い。その様子がとても寂しくて、胸の中のなんともいえない感情が関を切ってあふれ出
ようとしてしまう。
記憶がない。それでも顔はトシ、身体も声もすべてがトシ。
それなのに不安に駆られるのはきっと居間までの彼とは少し違うからなんだろうとおもう。でっちあげの記憶を彼に話してから、
なんとも言いがたい不安がフツフツと湧き上がってくる。
どこから手をつけようか、と部屋をキョロキョロと見渡しては、儚げに笑いかけてくる彼は、本当にトシなのだろうか。
でも……。

「トシ」
「はい?」
「敬語。やめちゃってよ。なんかくすぐったい。それで、俺のことも銀時でいいからね」
「は…い。……あぁ〜、おう」

でも、君はあの時言ったから。
『一年後に会いにくる』って、言ったから。
俺はお前を信じてる。
だから、今俺の目の前にいる彼は『本物』だと、そう思いたい。どんな天変地異だか知らないが、だってそうだろ?
頷いてくれた今の彼の表情は、俺が毎日のように見ていた笑顔だった。
ふと、見せてくれるその表情は、本当にありのままの君なんだ。









あれから、1年分の汚さを半分くらい3人で頑張って片付けて、残りはまた明日、ってことになった。空っぽの冷蔵庫を見て買い物
に行こうと言い出した彼を、なんとかまだ体調が完全じゃないと言いくるめて有り合わせで飯を食った。
残り物を、記憶がないとは思えない要領で料理してくれたトシの、久しぶりの料理はいつもの彼の味で、神楽がまたポロポロと泣
き出してしまった。
それを見ていたトシは一週間、そんなにひどい食生活だったのかと苦笑しながら申し訳ない程度に残っていたマヨネーズを使い切
る勢いでかけていて、やはりトシなのだと自覚した。
今、彼は急な運動のせいで発熱し、寝室で寝ている。微熱程度なので心配はないだろう、と思いたい。
居間にはテレビを見る神楽とマンガを読む俺。

「なあ、神楽」
「遅いヨ、銀ちゃん」
「………とし、帰ってきてくれて嬉しいか」
「当たり前アル」
「トシは、自分が死んでることを知らねぇ。しかも全部、おぼえちゃいねえ」
「………」
「トシにココにいてもらうには」
「だまってさっきみたいに嘘言っておくアルか」

テレビを見ながらこちらを見ないで会話をする神楽に、無言で頷く。

「分かってるアル。トシちゃんにはずっといて欲しい……でも」
「でも?」
「銀ちゃんは。トシちゃんと『友達』で『大切な同居人』で良いアルか?」
「………」

良い、なんてすぐに口に出せない。
いいはずが無い。
でも、それでも俺は――……

「でも、俺はひと時でもトシと一緒にいることを望むんだよ」
「………馬鹿アルよ、本当」

でも、協力してやるアル…。そう呟いた彼女を本当に頼もしいと思った。
ありがとう、と頭を撫でると、ようやく振り向いて満面の笑みで笑った。








ねえ、トシ。
俺はこのとき思ったんだよ。
君が、傍にいてくれるだけで良いって。
たった一ヶ月しか傍にいてくれないなんてちっとも考えずに。
一緒の空気を、一緒の空間を。
ともに其処に居れるだけで充分だった。

君がいる、
それだけが俺の最高の幸せ――――。








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神楽って良い子だ…(ぇ)








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