君が傍に、いてくれるだけでいい。





六 月 の 花 嫁 (3)





一体全体どういうことなんだ?!



外は雨。ここは家。布団の中で眠っているのは1年前の今日、死んだはずの妻。
彼の一年前の言葉通り、俺たちの前に帰ってきたこいつを俺と神楽は混乱する頭で家へ持ち帰った。我ながらよくパニックを
起こさなかったと感心してしまう。どこか、見つかってはいけないような気がして、神楽と2人、コソコソと家まで帰ってきた。おか
げで行きの倍の時間はかかって家へ着いたと思う。
頬に触れて体温を確かめると、やはり暖かくて、いきているのだと実感する。
ふすまの向こう側では、かすかに聞こえてくるテレビの音。けれどそれに集中していない、こちらへの関心がビンビンに感じ取れる、
緊張した気配。


目を開けて。


開けないで。


確かめたい、本人であることを。


確かめたくない、もし勘違いだったら。


もしも、


もしも、本人だったら―――?


「………っ」

「………!!」


瞼が開く気配がする。息を呑んで、襖の向こう側の気配も緊張していて。
開いた瞳は、漆黒。
彼と、瓜二つのその顔は何も映し出さずに俺を見た。



「誰」



目の前が、真っ暗になった気がした。







「じゃあ、俺はあんたの同居人で、最近まで病気で伏せっていたのにこんな雨の中外に遊びに行って最終的に熱でぶっ倒れ
てしまった、と」
「…………そうです」
「………スミマセン、マジで覚えてない……。同居してたんならかなり親しいはずなのに、本当にすみません」


普段聞きなれない敬語をつかって喋る君。
伏せ目がちの瞳はやはり瞳孔が開いていて本人だと分かる。いや、一目見たときから、帰ってきてくれたのだということはすぐ
に頭の片隅では分かっていた。理解が着いてこなかっただけで。
でもトシ、これは反則だよ。覚えていないなんて。見に来てくれるって言ったじゃねえか。見たことも無いくらいの不安そうな表
情を浮かべて、俺と目を合わせることもなく顔を伏せる。そんなお前に、俺でさえまだ混乱しているこの事実を、どうやったら説
明なんてできるのだろう。
君は1年前に死にました。俺とは男同士だけど恋人です。
君は、

君はこの季節が終わるとまた、天国へ逝ってしまいます。

……いえるはずが無い。
いえるわけが無い。口にして何になる。何か、何かもしかしたらお前がココに残れる方法があるはずだ。口にしたら、口にしたら
きっと、お前がいなくなってしまう気がした。
今でもお前はおもっているだろう?
記憶がないせいで迷惑をかけているかもしれない。
まだ病気が治っていないかもしれない。
迷惑をかけるくらいならいっそ、出て行ったほうが、とか。

ねえ、俺は。やっとまた出会えた君と同じ空間にいられるだけで、それだけでいいんだ。

「気にすんなって。ほっぽり投げたりしないし。俺の大切な……」
「大切な同居人だしさ」

『恋人だしさ』とか、言いたかったな。

「あ、そうだ。まだ名乗ってなかったっけか」
「………すみません」
「良いんだって!俺は坂田銀時。万時屋って何でも屋さんやってます。銀時って呼んで?んで、神楽、おいで」

ふすまの向こうでコチラを伺っていた影に声をかけると恐る恐るコチラに歩いてきた。
不安げな目で彼を見つめる。それでも彼は、少し申し訳なさげに、けれど俯いた顔を上げて優しい笑顔で笑った。目を大きく見開
いた幼い顔がどんどん歪んでいって、彼の顔も悲痛そうになった。
タッ!と踏み込んで神楽がトシの首に抱きつく。

「ふぇぇぇ……」
「………ッ」
「……この子は神楽。俺が預かってる?っていうか俺んトコの従業員A」

神楽の頭を撫でる手つきは優しくて、その動作はあまりにも生前に酷似していた。
緩む涙腺を必死にとどめて、最大級の笑顔をむけてやる。


「そして、君は土方十四郎。………よろしく?」


「……よろしく、お願いします」


申し訳なさげなその表情と、神楽に抱きつかれてすこし困った感じの表情が混ざっているけれど、それでも君は。
俺の愛しい君のままなのだと、この数十分の会話ですべて理解した気がした。










この時はじめて実感した『壁』はこの後の俺たちにこびり付いて離れないモノだったね。
えんえん泣き続ける神楽を、あやす君は俺の知っている君だった。
何一つ変わらない、
だからこそ。
くすぶる想いが、破裂しそうに膨れ上がっていたんだよ。
1年ぶりの俺には刺激が強すぎたんだ、ほんとに。笑って良いよ?


ああ、本当に、


君のいる空間はこんなにも幸せだったんだ。











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出てきたものの、あまり喋らず。他人みたいだよ、トシ!!






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