抱きとめた君は、暖かかった。




六 月 の 花 嫁  ( 2 )
 



新八の作っていった昼飯のチャーハンに喉を通し、温める際少しばかり焦がしたことを神楽にめいっぱい愚痴られた。
新八は1年前に比べてかなり料理が上達したと思う。まあ、あの姉をもつこの弟だし、作れなければ死ぬということをわかってい
たので、ちょくちょくうちの嫁さんに指導を受けていた。それは神楽も同じことだったが、いかんせん、彼女は怪力だ。あまり難しい
ものをやると力んで道具をポキッとやってしまう。女の子であるということから、料理などの家事に興味を持ちはじめたのはいい傾
向だとは思ったのだが……。
……そのせいでいくつ台所用品を失ったかわからない。今は俺が常連をしている麺所のお嬢とか、某看護婦とかに密かに教わっ
ているらしい。プラスとして下のババアにも。上達や味の良し悪しはこの際省くとして、親代わりとして育てている少女の成長が、単
純に嬉しかったりした。もちろん、家事などの花嫁修業をやっている前提にとある少年の影がチラホラ見えていたとしても。

「銀ちゃーん!今日のメモ、新八が作ってきてくれたアル〜」
「お、サンキュ」

手渡されたメモには今日行くところと日常のあれこれが書かれたメモ。
トシが死んだあの日から、俺は身体――というか心がぶっ壊れてしまった。その症状は「喘息」と「物忘れ」という形で現れた。
最初は、喘息のみの症状。後からふと大事なことを忘れてしまう症状に気がついた。
喘息は症状が出たときのみ服用する薬でなんとかなってはいるが、物忘れのほうはどうにもならない。掛かりつけの馴染みの
医者に治るのか、と問うたら「心の問題だ」と優しく、けれど厳しく突き返された。
こうなったとき、トシの実家的存在である真撰組は、仕事以外では屯所で暮らしたらどうかと気遣われたがそれは丁重にお断り
した。だって、トシと短いながらも暮らした、今までの思い出がつまった家だ。そう簡単に出られるわけが無い。
まだ、トシの日用品もなにもかもが残っている。
まだ、彼の気配がするのだから………。
ふと、後ろで窓の外を見ながらソワソワする少女に気がつく。時計をみるともうすぐ2時を回るころだった。予想外に遅くなって
しまったと急いで身の回りの準備をする。といっても、別に持っていくものがあるわけではないのでとりあえず原チャリのキーを
ポケットに突っ込むくらいだった。

「さて、神楽そろそろ行くぞー」
「ハイあるよー」

原付の後ろに神楽をのせて、発車させる。
ふと雨の匂いがして、トシの言うことが本当になるのかな、とか虚ろに考える。
けれど、トシが戻ってくることはありえはしないのだと、あのと<きの言葉は俺のための優しい嘘なのだと、そう何処かで諦めた。
今が大切なのだと、空虚な自分から立ち直ったあのときに思い出した。
けれど、
けれど何処かで君の影を探している俺は、きっと馬鹿だとおもうんだ……。




まだそんなに活気の無い歌舞伎町を抜けて、けれど比較的賑わった江戸から少し外れたところにトシの墓は立っている。
あたりは森と言っても良いところで、まだこんなところがあったのかとなんだかジンとくる一面の緑。その最奥に緑と花と、
なんだか幻想的な雰囲気に包まれてトシは眠っている。
原付をさらに奥に走らせる。足場が悪いが走らせられない状態ではないので、わざわざ森の入り口に原付を置いて
歩かなくてもいい。神楽は、やはり空を見上げながらソワソワしていたが俺まで一緒に空を見上げることは出来ないので、
スルーの方向で。


ポツ


ポツ


「ん?」
「………!!」


ポツ、ポツ、ポツ


「銀ちゃん!銀ちゃん雨アル!!雨が降ってきたアルよ!!」
「……ぅわ!か、神楽ちゃんおちつきなさい!いくら銀さんが天才ドライバーでもさすがに振り落としちゃうよ!?」
「早くスピード上げてお墓に急ぐアルよ!このマダオ!!」
「認めるけど傷つくからマダオはやめなさい!!」

いつから帰ってくる場所=お墓になったのかは定かではないが、神楽はいつも雨が降るとトシの墓へ急いだ。
いまも盛大に騒いで原付を揺らしている。
トシの眠るあの場所まであとちょっとだと分かると、神楽が原付から飛び降りて勢い良く駆け出してしまった。

「おい!神楽!!」
「先に行ってるアル!!」

信じられないスピードで走る彼女を、原付のスピードを激しく上げて追いかける。
幸い、トシの墓まではあと数十メートルだったので、見失ってしまうほど大変な作業ではなかった。


今日という、彼の命日での雨。
神楽の異常な騒ぎっぷり。
期待と、不安が入り混じってドクンドクンと音を立て始めるのは自身の心臓。
ハンドルを握る手がなぜだか汗ばんできて、焦りが生じはじめた。


あと、数メートル。
原付のブレーキを盛大に止めて、おもむろにキーを抜く。


あと、1メートル。
思い切り走る。


君まで、あと少し。
木で死角になってしまうトシの墓までたどり着く。
目の前に呆然と佇む神楽と、彼の墓のまん前で生気も無くたっている、見慣れた、でも懐かしいその後ろ姿は―――。



「――――ットシ!!!」



ゆっくりと振り向く端整な顔を確かめて、熱くなる胸と滲む涙を堪えて大声で名前をよんだ。
俺の顔を見て、あたりを見回すと、ふいに力がぬけてトシが崩れ落ちそうになった。
いそいで駆け寄って、倒れ掛かる彼を抱き締める。


暖かい、体温。


抱きとめた君は、暖かく。いつもと同じ匂いがして、両腕におさまる感触に堪えきれず涙が出た。
神楽は、トシが死んだときのように声もなく泣いていて。
混乱する頭と、
腕の中の確かな感触に、


君が還ってきたのだと、無意識に自覚した―――。





今おもえば、君は俺たちを見に来るためだけに還ってきたわけではなく、
俺たちの止まっていた成長を動かすためにも戻ってきたんだね。
このときの俺は、君を確かめることに夢中で、
俺たちが乗り越えるべき壁のことを何一つ考えようとせずにいたんだ。

けれど俺は、

混濁する脳内で、君の体温は真実だと、それだけを実感したんだ―――。





NEXT
トシが帰ってきました。……まったくでていませんが!!










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