「1年後の6月。雨の降る季節に、会いに来るから」





六 月 の 花 嫁 (1)





ピピピピピ…ピピピピピ…。



「銀ちゃぁん!起きるアル!!」
「………ぬぁ?」

神楽にしきりに身体を揺すられ、剥いだ布団を器用に足で手元に持ってきて二度寝の準備をする。
気の無い返事を返すと、持ち前の馬鹿力で盛大に被った布団を剥がされた。
無理やりこじ開けた目に映るのは、カーテンの隙間から射し込んでいる朝日と神楽のしかめ面。
おはよう、と挨拶をかますと、もうお昼アル、と不機嫌な声で返ってきた。

「…朝飯は?」
「新八が来たから適当に食べたヨ。お昼ごはんも作って行ってくれたアル」
「あ、そう?」
「温めて食べるアルよ!」

洗面所へ歩きながら俺が寝ていた間のことを聞く。着替えを足元に落とし、蛇口を捻るときに神楽
をチラリと見ると、仕事用のデスクに乗り上げてしきりに空を見ていた。
外は曇り。天気予報の結野アナは今週中には梅雨入りするだろう、と先日から予報していたはず
だ。それをアイツもみていたはずだから気になるのだろう。先日からどんよりした空を見ては親の敵
のように睨み付けている。
そして、梅雨入りするとみられている日にちは、今日。そして今日は、俺の亡き恋人、土方十四郎の
命日でもあった。



そう、彼が俺たちの前から姿を消して、もう1年になる―――。




アイツが、体調を崩し始めたのは俺との結婚生活、まあ籍は入れてないから同棲生活が軌道に乗
り始めて暫らくたった頃だった。相変わらず仕事に追われて働き詰めだった彼のことだから、最初
は真撰組の連中も俺達も彼自身でさえ、ただの風邪だと信じて疑わなかった。けれど、それが大き
な間違いだと気がついたのは彼が病気に蝕まれてもう手遅れになったときだった。原因は江戸に
流行った天人から流出した新種のウイルス。幸い、医療技術の発達でワクチンは開発できたが、
彼は何故だかこの病気に敏感だったため、普通の人間と数倍の速さで病気にかかり、数倍の速さで
蝕まれていった。
ただの風邪だと、心配するなと、彼は笑い、けれどやせ細る身体と白くなっていく肌はいやおう無く
現実を思い知らせる。


そして、1年前の今日、6月3日。彼は静かに微笑みながら逝った。


俺は、たった一人の最愛の人間を助けることができなかった。
お前のせいではない、と何人の人に言われたか分からない。彼の幼馴染のゴリラにも、彼の子供
のような存在の少年にも、そして腹心のような部下にも、彼の上司にも、俺たちに縁のあるすべて
の人間に言われ続けた。それでも、俺は自分を責め続けるしかこの虚無感に耐え続けることは
出来なかったのだ。

「後追いはするな、お前にはそんな事よりももっと他にやることがある。」
神楽を新八の家に強引に預け、自暴自棄になっていた時にある男に殴りつけられそう言われた。
そいつ――近藤は泣きながら俺に、そう怒鳴った。

目が、覚めた気がした。

思い出したのは十四郎の最期の言葉と俺たちを見守り続けてくれた優しい人たちの泣いた顔。
声も無く泣いた、神楽の顔……。
俺は生きて、生きて神楽をしっかり育てあげなくちゃいけないのだ。
彼は、言ったのだ。

ありがとう、と。
愛してくれて、悲しんでくれてありがとう。泣いてくれてありがとう。
でも、お前の笑った顔が大好きだから、泣いたら笑って。
前を向いて、生きて。
そして、神楽をよろしく頼む、と。

――――俺は、其の言葉を守って前を向いて生きていかなければならない。

「銀ちゃぁぁん」
「………?」

いかん、いかん、ボーっとしちまった……。水道出しっぱなしだし、服とか足元に置きっぱなしだし……。
そういや、最近掃除をしたのはいつだ?新八のヤローに汚い、汚い連呼されてんだよなー。
若い娘がいるんだからもっとキレイにしろーって。いちをさ、分かってるんだけどね。

「どした?」
「これから、雨降るアルか?」
「………雨?」

雨?? ………あぁ、そうだった。彼は、こうも言ったのだった。

『1年後の6月。雨の降る季節に、会いにくるから。
ちゃんとやっていけているか、見に来てやるから。』

ねえ、トシ?
俺はこんなにも頑張って生きているよ。神楽に近づいてくるS星の王子はやっぱりムカつくけれど。
君の言葉が本当かどうかはまだ分からないし、今日でぴったり1年目。まだまだ時間は残っているにしても、
もう1日の半分は過ぎていることになる。トシの気配はまるでない。

「銀ちゃぁん」
「ん?」
「雨が降れば、トシちゃん帰ってくるネ。天国から、アタシ達見に、帰ってくるネ?」
「……そうだなあ。帰ってくるといいなあ。……さて、神楽、飯食ったらトシん所いくか。大分遅れた。」
「………銀ちゃんが寝坊するから遅くなったアル!!」


そう言ってまたプリプリ怒り出す彼女の頭を、俺は優しく撫でた。






あの時の俺は、やっぱりまだ君のあのときの言葉を本当に信じてはいなかったね。
君の、あのときの言葉が真実だということに気がつきもせず、
君の居ない世界に悲しみと、そして諦めを感じていたんだ。
君の言葉が現実になったときの俺たちの苦悩と悲しみ、そして幸せ。
それさえも、まだなにも考えてはいなかった。
そして、また君は俺に色々なことを教えて、与えていってくれたね。
それは。

君の抱えていた真実と、


ただ、愛していてくれたということ。









NEXT……
トシでてきてねぇ!ごめんなさいぃぃ……。







 
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