ゆるやかに。
充実した日々がおくれますように。


L a r g o





「やっぱり」

スペアキーで開けた生徒会室からは冷気が漏れて、火照った体に気持ちが良かった。
午前の俺の授業がすべて終わり、あとは午後だなーとぼけっと教員室で涼んでいたやさきの出来事だっ
た。1年の学年主任から生徒会室の鍵が閉まっているのに鍵が無い、という要請を受けて、様子を見に着
てみれば案の定。
散らかっている机にこぢんまりとスペースを空けて、机に突っ伏して寝ているのは最愛の恋人。
7月に入ったあたりからどんどん上がった気温に比べて恋人の機嫌は降下していく一方だったのを思い出
す。そろそろボイコットが始まるかな、なんて思っていた矢先の出来事だ。
暑さ、寒さに意外と弱い彼は、夏にはクーラーのある所に、冬には温かい所に逃げる節がある。剣道のお
かげで我慢強さは人一倍だが、それがストレスに蓄積されてしまう。着々と溜まっていくストレスがある日
突然爆発し、彼をサボりへと駆り立てる……らしい。昔、たまに大胆にサボるよね、お前。と投げかけた言
葉にこんな様な事を返してきた気がする。
椅子を引いて彼の前に座ると、突っ伏している旋毛が見えてなんだかクスクス笑ってしまった。

「ひじかたさーん」

「とーしろーくーん」

「とーし」

何度か呼びかけながら硬質かと思いきや意外と柔らかい髪の毛を弄くると、むずがゆそうに身じろいだ。
思いのほか爆睡しているらしい。

「良い、天気だね。」
「暑いだけだ」

ん?

「……え?」
「暑い。暑い。なんにもヤル気が出ない」
「いつから起きてたの」
「今さっき」
「どこ」
「名前連呼、あたり?」
「ほとんど全部じゃん!!」

俺、恥ずかしくないか?恥ずかしくないか?明らかに乙女的な行動していたよね。
寝たふりとか本当に意地が悪い。
じとー、とした目で見つめるとその視線すら何でもないかのように大きく伸びをした。

「あー。あとちょっと寝れたのに」
「いつからココにいたのよ」
「朝、ホームルーム終わって移動教室の時から」
「三時間以上爆睡かよ!なに?勉強でもしてたの?おまえ、あそこ安全圏でしょ」
「あー……うん。まあ、な」
「何?」

確か進路はここから5駅くらい先にある大学だったはずで、そこは十分土方の学力に合っていたはずだか
ら、授業をサボって昼寝するほど死ぬ気で勉強しなくてもいいはずだ。
それなのに、この根詰めた感じ。
言葉を濁すこの態度。
目線は泳いでいて、俺と目を合わせようとしない。

「……進路、変えようと思って」
「はあ?」
「だから!進路変える」
「変えるって、どこに」
「〜〜〜……つ」
「え?」

今、なんて言った?
土方君、先生の聞き間違いじゃなかったら。

「俺んちの近くの国立?」
「リピートすんな!!」
「……あそこの方が、やりたいこと出来るし安いし、」
「俺んちが近いから?」
「……っ!!」

勢い良く立ち上がろうとしたところを肩を押さえつけて制御した。
彼の顔は真っ赤で、きっと俺の顔も真っ赤だろう。

「いいの?」
「?」
「もう、俺から最低あと四年は逃げらんないよ?」
「……離れる気、ないからいいです」
「………あーもう、ほんとうにお前は」

好きですよ、と日ごろにない熱烈さで愛を囁かれてさらに気恥ずかしくなった。なんだか負けている気がし
てこっちは言葉じゃなくて態度で表現すると、逆に相手が慌てていて、形勢逆転が成功した。





なんでもない、夏の午前中。
目に見える速度で君は成長してゆくけれど。
まだまだこの場所で過ごして生きたいから、ゆるやかにゆっくり。
充実した日々が送れますように。


君が、俺の傍にずっと居てくれますように。










END
進路変えたところで、この人は余裕で合格します!

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送