パシン。と頬を張った音が、無音の部屋に無常に響いた。


シンプル ストーリィ



場所は万事屋。
静まり返る室内。
固まる坂田と子供たち、そして。
数年ぶりに姿を現した、昔勝手に目の前から居なくなった、かつての恋人―――。

「なにか、言うことは?」
「まっこと別嬪さんになったのー」
「……………………っ死ね、毛玉ァァァァ!!!」

すぐさま抜刀して、斬りかかろうとした所を坂田に目一杯止められる。腰は子供たちが、振り上げた両腕
は坂田が、懸命に止めている。

「ちょ……落ち着いて多串君!なに、なんでそんな怒ってんの!!」
「そうアル!訳を話せば殺っていいアル!」
「いや、基本的に殺しちゃ駄目だから!!」
「……置き手紙ひとつで行方眩ませた挙句、あれだけ心配させておいて戦争が終わっても一度たりとも俺
の前に姿を現さなかった、一方的に別れらさせらた元恋人の理不尽さに怒ってんだよ!!」


「「「恋人ぉぉぉ!?」」」
「元、だ」
「てへ!」
「ってへ!じゃねぇぇぇ!!!」

再度振りかざされた刀は、唖然と固まっていた3人に慌てて止められた。







『あとは当事者同士で話し合えよ。あ、多串君は泣きたくなったら俺の胸で泣かせてあげるから!』
そう言って、辰馬さんと二人万事屋を追い出されたがゆく当てなんて無く、とりあえず公園の人ごみのな
い隅っこのベンチに座る。彼はなぜだか居心地悪そうに立っていて、それがなんだか異様に腹が立つ。そ
して何
故だか手には缶コーヒー。もちろん、相手の奢りで。

「………」
「………」

ただ、黙々とコーヒーを飲む。
本当にこの人は変わっていない。人数が多いところでは際限なくはしゃぐのに、二人きりになると途端に
大人しくなって急に年上の雰囲気をかもしだす。
ああ、でも。ずいぶん変わったのかもしれない。顔つきは随分男らしくなった。体つきだって、あのころより
ずっと逞しい。窺う顔には戦争をしてきたゆえの威厳がある。風の噂で聞いたのは、彼が企業を興して宇
宙を飛び回っているということ。
―――もう、自分が知っている彼ではないのかもしれない。
なんとも言えない気持ちが喉につっかえて苦しい。
だって、あの頃は。
夢を持つ姿も、将来に悩む姿も、いつだって好きだった。
笑った顔が柔らかくて、触れ合った体温は温かくて、とても安心した。
本気だった。
幼い恋愛だったとしても、その頃はそれを守るために一生懸命だった。

「……『戦争に、行くことにしました。トシはトシの幸せをみつけてください。元気で』」
「………」
「信じられないくらい身勝手」
「………」
「たった3行の手紙で終わらせられた関係のあとに見つけたのは、何だった?」
「……トシ、」
「恋人じゃなくったって、戦争が終わったんなら生きてる事ぐらい報告しに来い!」



「……すまん」



悔しい。悔しい悔しい!
そんな困ったような表情で笑うなよ。
なんでそんなに悲しそうなんだよ。
困っているのは、まだ忘れられないアンタが急に目の前に現れた俺のほう。
悲しいのは、今更もとの関係になんて戻れないことを心の底で分かっている俺のほうだ。

「泣かして、すまん」
「……っ!」

いつの間にか、流れる涙に気がつかなかった。頬を撫でると、水が指先を濡らした。認めた途端に、頭に
カッと血が上って、持っていた缶コーヒーを思い切り投げつけた。空だった缶コーヒーは一直線に彼のもと
へと向かったが、当たる寸前で受け取られてしまう。
一歩、また一歩近づいてくる。
座っている俺の前に目線を合わせるように屈んだその眼差しは、あの頃と同じ温かい目だった。
瞬間、ぎゅっと抱き締められて、頭が真っ白になった。バタバタと抵抗するものの、大きく開いた対格差に
あえなく押さえつけられた。

「……っ離せよっ!!」
「離れん。トシが泣き止むまでこうしちゅう」
「泣いてない!!」
「泣いちゅう」
「泣いてない!!」
「無事に行き来られるかわからんがに、おんしを縛るっちゅーのはいかんと思ったぜよ」
「………っ」
「生死もわからん男を待つより、違う幸せを掴んだ方がおんしの為だと思ったがだ」

人の幸せを勝手にきめるな。
そう、言いたいのに涙ばかりが溢れてくる。嗚咽を殺す為に噛んだ唇に、ふいに温かいものが触れた。


「……っ!」


驚いて見上げると、優しい瞳。困ったような笑顔。

「なんで」
「……そう、思ったがやき、でも駄目じゃった。離れて苦しゅうて、忘れられなかったぜよ。生きて戦争から
帰ったが、怖うて会いに行けんかった」
「……?」
「おんしが、別の相手と歩いちゅうがを見るんが嫌じゃった。」

また、ぎゅうっと抱き締められてその温かさに歯を食いしばる。
まだ好きだと心が悲鳴をあげているのに、その背中に腕を回すことができない。
必ず来る別離のときが悲しくて恐ろしくて。

ただ願うのは、たった一言を言ってくれるだけでいいのに。

「言えよ」
「……トシ?」
「たった一言で良いから。まだ、俺を想っててくれてんなら」

その一言を、俺にちょうだい。
身体を離して目を見つめる。きっと相当目つきが悪いに違いない。それくらいの力強さで瞳をみる。
サングラスに隠れている目が一瞬大きく見開いて、すぐに柔らかい眼差しに変わった。

「好きちや」
「ん」
「トシがすきちや。愛しちゅう。やき、」

傍に居て。
そう聞こえた瞬間に安心して、背中に手を回してぎゅっと抱き締めた。
もう一回の「愛してる」の言葉に俺もだと、返事を返す。
嬉しそうに笑った顔を久しぶりに見て、やっぱり大好きだと想った。




いつも、相手のことを考えすぎて肝心なことが伝えられなかった。
遠回りしたすえの別離は、痛くて悲しくて。
ごちゃごちゃした考えは、余計に事をおかしくするだけだと、簡単に考えればいいのだと。
随分遅くになって気がついたけれど、もうきっと。

大丈夫だって、心から感じてる。







END
うはー難産!初めて書きました。坂土。そして坂本さんがとっても最近好きです。
攘夷志士4兄弟長男(我が家設定)!優しいお兄ちゃんにメロメロです。(妄想)


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